火種
それは突然訪れた。
夜、夕飯の匂いの残る中、寝静まった後で焦げ臭さに目を覚ました。
パチッと小さな音だった。
けれどそれはあっという間に燃え広がり、小屋を燃やし尽くそうとしていた。
天井の梁が弾け、火の粉が降り注いだ。
「悪魔、火事だ!」
「気付いているよ。こんな夜中に反魔王派の連中も頑張るねぇ」
「反魔王派が!?」
悪魔はのんびりとベッドから出ると、欠伸を一つして炎を見て笑うと壁を壊して脱出し、僕も慌てて追い掛けた。
持って出れたのは剣だけだった。
水晶も、と思って手を伸ばそうとしたら、悪魔から死ぬ気かと怒鳴られた。
それでも捨てきれずに手を伸ばして守り抜いた。
この水晶に依存している確信はあった。
「小屋が、燃えていく……」
足元の花が火の光に照らされ、風に揺られている。
それが物悲しくて、また失った悲しみと虚無感から膝をつきそうになる。
木で出来た小屋だからより燃えており、風は微風なのが幸いして開けた場所に立てた小屋が森に燃え広がることはなかった。
「よく燃えているな」
「感心している場合か!そもそも、これが反魔王派の仕業というのは本当か!?」
僕が声を荒げて尋ねると、悪魔は視線を僕の後ろに移した。
釣られて見てみると影が揺れた。
次の瞬間、土を踏む音が響いた。
魔族が現れる。
「反魔王派か」
「裏切り者め」
「また我らの地で暮らそうだなんて甚だしい!」
「お前達に安寧があると思うな!」
魔族が口々に罵る。
そんなもの、どうでも良かった。
僕は足元の花が火の粉で燃え尽きる様を見ていた。
そして。
まずは一匹。
首は軽く跳ねられた。
他の魔族が騒ぎ立てる間に一匹、また一匹。
切っては捨てて、僕の剣は血に濡れていた。
「罪を犯したものは真っ当に裁く。それが僕の覚悟だ」
今回の罪は、僕と悪魔を、王であるはずの僕達への謀反。
「さすがだなぁ、勇者様!それでこそ勇者様だ」
悪魔が手を叩きながら褒め称える。
そんなこともどうでもいい。
最後の一匹が震えている。
僕は剣を振り上げた。
そこには感情もなく、ただただこの魔族を殺すことしか頭になかった。
そこに悪魔が囁く。
「全員殺せば、もう裏切りはないぞ?」
その言葉に迷いが生じた。
恐怖で従わせるなら、それは魔王だ。
「でも僕は……」
僕が迷っている間に、その魔族は逃げ出してしまった。
逃げる背に、見覚えがあり、それはかつて僕に魔王様と跪いた魔族だった。
後を追うことは、出来なかった。
「……僕は、何なら守れるんだろうな」
それは純粋な疑問だった。
勇者として人間を救うために魔王を倒したはずが、魔族を率いるものを倒したせいで秩序がなくなり、信じていた、僕に期待をしていてくれたはずの人間の王侯貴族は弱き魔族を金で買い、嗜虐の限りを尽くしていた。
だから弱いものを守ろうと改めて決意した。
それは人間でも魔族でも魔物でも関係なく。
でも。
結局はなにも守れていない。
僕は、僕を信じてくれた人や魔族を裏切ってばかりだ。
善意で僕のことを勇者様と呼んだ人間も、魔王様と呼んだ魔族も、なにも守れていない。
自分の住処すら守れなかった。
やっと芽吹いた花すら燃えた。
「なあ、悪魔。僕がいる意味ってなんだろうな」
悪魔は凛と答えた。
いつものように茶化した声ではなく。
「お前は守るために在る。そうだろう、勇者様」
悪魔は真っ直ぐ僕を見ていた。
「土ならまた耕せばいい。小屋ならまた建てはればいい。何度だって、やり直せばいい」
「悪魔……」
「言ったろう?俺はどこまでもお前について行くさ」
最後は少し戯けた表情で軽く言う。
けれど、その覚悟は受け取った。
僕は、守るために在る。
……そうだ。今はまだ、何も守れていなくても、これからがある。
何度だってやり直せばいい。
「そうだな、悪魔」
「やっぱりあまちゃんだな。だが、嫌いじゃないぜ」
切り捨てた魔族の肉片が炎に包まれる。
焦げた匂いが再びあたりに充満した。
「……とりあえず、消火だな」
「ああ!泉から水を汲んでくる!」
「その必要はないさ」
そう悪魔が言うと、一瞬で燃え尽きた小屋から炎が消えた。
「……え」
「これくらいなら造作もないさ」
そして僕の目を見て言った。
「燃えるのを見せたかった。お前が失う痛みを忘れないために。怒りを自覚させるために」
けれど、そんなこと、僕には関係ない。
怒りに拳に力が入る。
「お、お前!消せるならもっと早くに消せ!」
僕の怒声が深夜の魔王城跡地に響いた。




