小屋
「……なあ、やっぱりあの子と話をした方が良かったんじゃないか?」
「どうかな。アズガンダルの件がある。向こうは俺達を本気で敵だと思っているだろうよ」
悪魔はスタスタと歩いて行く。
多分、あの子の気配を感知して鉢合わせない道を選んでいるんだろうけれど、どこに向かうんだろうか。
「なあ、どこに行くんだ?」
「決まっているだろう?城だよ、お前の」
僕は目を瞬かせた。
「城に?今更あの荒れ果てた地に戻ってどうしようっていうんだ」
「また作ればいいさ、お前の理想郷を。前もそうだったろう?毎日飽きもせず懸命に耕して花を咲かせた。それをもう一度すればいい」
「悪魔……。ああ、そうだな!」
そうだ。僕はあの地を一から作り上げた。
もう一度がなんだっていうんだ。
「悪魔、作ろう。僕達の理想郷を」
悪魔は素敵に笑うと、歩みを進めた。
城のあった場所に辿り着くと、僕達以外の者が野営した跡があった。
おそらく僕達を追ってあの子達がここまで来たんだろう。
この荒廃した地を見て、あの子は何を思ったんだろうか。
みんなを纏められない駄目な王と思っただろうか。
そんなことは分からない。
瓦礫をどかし、手作りの鍬で土地を耕した。
悪魔は相変わらず何もしないけれど、側で見守っていてくれた。
それが僕には心強かった。
途中、焦げた肉片があったりして、この地に起きた惨状を物語っていた。
足りない資材を付近の村や街まで買い出しに行くようになった。
小屋を作るのには道具も必要だった。
二人ぼっちの住処に城はまだ必要ない。
僕達の城は、随分と手作り感溢れるものだったが、それでも数日掛けて作った新居は満足のいく出来だった。
「ようやく建てれたな」
「そうだな」
悪魔がじろじろと完成した小屋を見る。
「お前の意見も取り入れたんだ、満足だろう」
「まあ、及第点だな」
相変わらず憎たらしい口だ。
でも、そこが悪魔らしい。
「何を笑っているんだ」
「なんにも」
悪魔はどこか納得がいかなそうだったけれど、どうせ僕の心を読んで知っているんだろう。
僕は悠々と台所に立つと、悪魔に尋ねた。
「悪魔、今日は何を食べる?」
「選択肢があるほど材料がないだろう」
「それでも、さ。村や街では変装して行っていても不安が残るじゃないか」
「俺の術が不安だっていうのか」
僕は慌てて首を横に振る。
「そうは言っていないじゃないか。悪魔の腕は信用しているよ。ただ、また争いになるかと思うと慎重に行動した方がいい」
悪魔が肩を竦めた。
「勇者様の言う通り」
その言葉に僕はずっと思っていたことを口にした。
僕はもう、勇者でもない、魔王でもない。
何者でもない。
だから、悪魔がどれほど僕を勇者と呼ぼうと虚しいものだった。
「なあ、悪魔。その勇者様っていうの、もうやめないか?」
「……お前は勇者様じゃなくなったって思っているのかよ」
「そんなことない!僕は勇者だ!勇者でありたいと思っている!」
僕が声を荒げて思わず言ってしまうと、相変わらずの尊大な態度で悪魔が口に弧を描いた。
悪魔のこの表情も変わらない。
「なら、それでいいだろう」
そう言って、今夜の夕食はあれがいいだとかこれがいいだとか注文をつけてきた。
……悪魔が認めてくれるなら、一人でも認めてくれるのなら、僕はまだ勇者でいいんだ。
安堵から強張っていた体から力が抜ける。
「おい、さっさと夕飯作れよ」
「はいはい」
僕は笑って答えた。
すべての始まりはこの悪魔との契約からなのに、それを忘れるほど僕と悪魔は近しかった。
それが不快ではなく、昔ながらの友人といるようなのは不思議な感覚だった。
翌日からは水晶で勇者達の動向を探ることにした。
勇者がこの辺りに来ると厄介だからだ。
最近水晶を見ていると頭痛を覚える。
これが悪魔の品の代償なのだろうか?
それよりも、僕はまだ彼と対峙した時に尽くす言葉も実績もないことに気が付いた。
「あの子達はアズガンダルに戻っているみたいだ」
「よかったな、かわいい坊やと対決しなくて。ま、いずれはそうなることになると思うけどな」
「あの子は子供の頃に僕と会ったことなんて覚えていないとは思うけど……」
「そうだな、人間は薄情だ」
そういえば、僕と悪魔は僕が子供の頃に会ったことがあるらしい。
「なあ、悪魔。僕達の初対面って、僕の子供の頃って本当か?」
「本当だよ。お前は薄情にも忘れちまったみたいだがな」
そうは言われても思い出せないものは仕方がない。
頭を悩ませてもその時の記憶はとんと思い出せなかった。
悩む僕を、悪魔が横目で見て何を考えていたのか、僕は知らなかったけれど、契約の指輪が左手の薬指で熱を持った気がした。




