祈りのネックレス
ようやく辿り着いたエルフの里は見えないバリアみたいなもので覆われていた。
完全に周囲の森と同化しているのに、触れるとなんとなく違和感がある。
そっと触れると拒絶されるのが分かる。
「悪魔、どうやって入るんだ?」
「こうやるんだよ」
左手の薬指の指輪が熱くなったと思ったら、悪魔が力を込めるとバリアが割れて粉々になった。
「む、無茶すぎないか?怒られないか?魔族と不可侵の契約があるんじゃないのか?」
「俺もお前も魔族じゃないだろ」
そう言うと、変わった景色から一変して静かな村になった場所へと足を踏み入れた。
エルフの幻術を改めて見せつけられて呆気に取られる。
ここまで高度な魔術を使えるのか。
そして、そんな魔術を簡単に破る悪魔。
ちらりと横を見る。
悪魔は涼しい顔をしてさっさと歩いていった。
「あ、待てよ」
慌てて追い掛けると、家々からエルフ達が何事かと出てきた。
エルフは警戒心が強く、人里に降りることはない。
久々に見るエルフにこちらが緊張していると、エルフ達は僕達に聞こえないようにお互いに囁き始めた。
少なくとも、友好的なものでないことは雰囲気で理解出来た。
結界を壊したんだ。
当たり前だろう。
それでも悪魔は臆せず言った。
「この村の長と話がしたい」
「何故だ?」
一人の精悍なエルフが前に出た。
「こいつの後ろ盾になってほしい」
悪魔に指をさされて一気に注目がこちらに集まった。
僕はどうしたらいいか右往左往し、悪魔に腕を掴まれた。
「ビシッとしろ、勇者様」
「勇者?ああ、先代の勇者か。確か魔王になり、それすらも魔族に見限られたと聞いたが」
「ああ。だから、人間と魔族の間に和平を結ぶのに俺たち二人だと物足りないんだ」
悪魔が不敵に笑う。
「人間と魔族の和平?魔王がそんなことを望んでいると聞いてはいたが、まさか本気だとはな」
失笑が場を包む。
その笑い声に僕は怒りが湧いてきた。
「何がおかしいんですか」
胸の奥が熱くなる。
「何?」
「僕が、僕達がどんな思いで何をしてきたかも分からないのに、笑われる所以はない」
「分かっているさ。すべての植物が見ていて教えてくれる」
エルフはそんなことまで出来るのか。
「アズガンダルでのことも知っている。お前が不毛の地に花を咲かせたことも、すべて。そのうえで我々はお前達とは手を組まない」
はっきりとした宣言だった。
「でも!」
食い下がる僕に、悪魔が首を横に振った。
「エルフは頭が固い。こうと決めたらテコでも了承しねぇさ」
「でも、悪魔。ここまで来たのに」
「それに、お前は今は何者でもない。勇者でも魔王でもない。単なる人間から逸脱したものだ。そこの悪魔と共に早々に失せろ」
それを言われると痛かった。
自身が何者でもないのは自分が一番理解出来ていた。
「……分かりました」
悪魔と共に去ろうとしたところを嗄れた声が引き留めた。
「待ちな。この二人を我が家へ」
振り向くと年老いたエルフが年若いエルフに介助されながらこちらへ赴いてきていた。
「こっちだ」
案内され、僕は悪魔を見た。
悪魔は笑っていた。
「よかったな、村長の許可は出たぜ」
「あの方が村長さん……」
僕達は黙ってことの成り行きを見守っているエルフ達に見詰められながら村長の後をついていった。
村長の家は村の一番奥にあった。
木で出来た揺り椅子に座り、村長が僕を見る。
「お前さんと悪魔との契約は、古いものだねぇ」
「ええ、僕が復讐を考えたばかりに」
僕は過去の自分を恥じいた。
「そんな最近の話じゃないよ。もう少し昔。そう、多分、お前さんが子供の頃」
瞳を瞑り、呟いた。
僕と悪魔が子供の頃に会っていた?
僕が悪魔を見ると、悪魔はこちらと視線を合わせようとしなかった。
「そっちの悪魔はだんまりを決め込むようだねぇ。なら、言うことはないよ。ええと、なんだったかね。お前さんの後ろ盾になってほしいだったっけ?」
「はい!人間と魔族の間に和平を結び、不毛な争いを終わらせたいんです!」
村長は閉じていた瞳を開けた。
「それは無理な相談だねぇ」
「何故ですか!?」
「こちらが加わったところで、変わりはしない。人間側にも、魔族側にも、争いをしていて利益を被る連中がいる。それが答えさね」
その言葉に何も言えなかった。
考えないようにしていたことだった。
アズガンダルの王侯貴族や反魔王派が思い出される。
手に力が入り握り締める。
「でも、それでも、ぼくはみんな仲良くしてほしいんです」
「我儘な坊やだねぇ」
「ぼ、坊や……」
エルフは長寿だと聞いていたけれど、坊や扱いされるとは思わなかった。
「諦めな。お前さんが思っているより、根深い問題だよ」
「それでも理想を夢見ることは駄目ですか?」
「そうだな、こいつはとんだあまちゃんだけれど、だからこそついてきた人間や魔族がいたのも事実だ」
悪魔が援護をしてくれている。
頭を下げて頼み込む。
「お願いします!」
「……仕方がないねぇ」
「味方になってくれるんですか!?」
「いいや、こちらは誰になんと言われようとどこの側にもつかない。これで勘弁してくれないかい?」
悪魔が舌打ちした。
「悪魔、態度が悪いぞ」
「人間と元天使の悪魔の組み合わせなんて珍しいものを見せてもらったお礼にこれだけはやるよ」
そう言うと、懐からネックレスを取り出した。
「これは?」
「エルフの祈りが込められた宝石が付いた特別な品だよ。大切にしな。きっと、お前さんを守ってくれる」
「ありがとうございます!」
そのネックレスを首から掛けてもらい、僕は少し認められた気持ちになった。
「さ、これで用は済んだだろう。早く行かないと人間の勇者が来てしまう」
「勇者が!?」
「あいつらもエルフを仲間にしたがったんだろうな」
どうしようか。勇者とはアズガンダルですれ違っただけだ。
なんとか会話を試みたい。
「やめておけ」
悪魔が制した。
「用は済んだ。エルフが何者の味方にもつかないならあいつらが来ても助けちゃくれないだろうよ。そうだろう」
「ああ。違って」
椅子を揺らし、村長が断言する。
「分かったらもう行きなさい。鉢合わせたくないんだろう」
「ああ。ネックレスの礼は言っておくぜ」
そう言うと、さっさと村長宅を後にしてエルフの村を出ていく悪魔の後を慌てて追いかけた。
この時、対話を試みていればと僕はいつも後悔ばかりしている。




