エルフの里へ
悪魔が進む方へつられてついていく。
「悪魔、どこへいくんだ?」
「エルフの里だ。人間も魔族も役に立たないなら、他の存在を拠点にしたほうがいい」
「エルフ……」
エルフには覚えがあった。
僕が勇者として魔王退治の旅をしていた頃、一度だけ立ち寄ったことがある。
その叡智を貸してくれないか頼み込んで断られた。
「彼等が力を貸してくれるだろうか」
「貸させるんだよ」
乱暴そうに聞こえる物言いだったけれど、落ち着いた平坦な声音で、このまま悪魔に任せれば大丈夫かのように思えた。
少し進むと見覚えのある景色になってきた。
あの頃はエルフの幻術で遠回りをさせられたから気付かなかったけれど、魔王の城とエルフの里はとても遠い訳ではないんだな。
「意外に近いんだな」
「そうだなぁ。別に敵対関係じゃなかったしな。お互い不可侵の契約がある」
「そんなものが」
僕は、僕の世界のことを何も知らないのかもしれない。
いや、自分の住む世界のすべてを知る人の方が少ないのかもしれない。
そこで思い出した。
「……僕は、僕を捨てた世界に復讐したくてお前と契約したんだよな」
「何を今更」
「それでもまた捨てられる。なあ、僕とお前の契約は正しいものだったのか?」
悪魔は相変わらずの口に弧を描いて目は笑っていない。
左手の薬指の指輪が熱くなった気がした。
悪魔との契約の証。
「捨てられないようにすればいいんだよ。今度こそ、絶対に」
悪魔が力強く言う。
その言葉には僕より憤りを感じた。
「悪魔、怒っているのか?」
「怒っている?ああ、怒れるね。俺も、俺と契約した勇者様も軽んじられている。これが頭に来なくてどうしろってんだ」
珍しく低い声で怒りを露わにする悪魔。
自分のことだけじゃなくて僕が軽んじられていることにも怒ってくれている。
それがとても嬉しかった。
僕の側には、もう悪魔しかいなかった。
「……勇者と呼ぶのは、本当にお前だけだな」
「俺にとっての勇者様は勇者様だけだからな」
二度目の言葉だった。
悪魔にとっての勇者が僕であることに、なんの意味があるんだろう。
「神も、まだ僕を見捨てていないんだよな」
「ああ」
「なんで、お前には分かるんだ?元天使だからか?」
「そんなところだ」
悪魔はあんまりこの話には触れてほしくないようだった。
言葉が端的になり、視線は合わせない。
僕も察して言葉少なくなっていった。
「勇者様、勇者ってのは何を為すべきなんだろうな」
「それは……わからない」
僕が勇者だった頃は、魔王を倒すことが使命だった。
「魔王ってのは何を為すべきなんだろうな」
「わからない」
僕は、魔王になってから和平のために尽力した。
その結果がこれだけれど。
「わからないことだらけだな、勇者様」
悪魔が意地悪く言ってくる。
「仕方がないだろう。分かっていたら、こんなことにはならなかった」
「だろうな。だから俺なんかみたいな悪魔につけ入れられる」
僕は悪魔を見た。
悪魔は真っ直ぐ視線を向けると呟いた。
「見ろよ、エルフの里の入り口だ」
以前は入ることすら叶わなかったエルフの里。
今度は、勇者でもない、魔王でもない、何者でもない僕としてエルフと話し合いをすることになる。
それがどう転ぶかわからないけれど、その知恵を借りて事態を好転させたい。
一縷の希望を抱いて、それでも指輪の熱を無視できないまま、一歩ずつ歩んでいった。




