裏切りの村 前編
馬を走らせる途中、幾度かの村々に立ち寄った。
どこも薄汚れていて、それでも清貧に暮らしている。
人間も魔族も、こうありたいものだと思うのは傲慢だろうか。
もう夜も遅くなってきたため、この村で休むことにし、一軒の民家を訪問すると、老人が出てきた。
「すみません、宿を探しているのですが」
「こんなところに宿なんて上等なものなんてないさね。泊まりたいんならうちに泊まるかい?ちょうど老人の一人暮らしだ。たまには客人がいる日もあってもいいもんだ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
僕は久々に人の素朴な優しさに触れた気になった。
「雨も降りそうだしね、早く入んなさい」
「はい!」
悪魔と二人で招かれて、老人にもてなされた。
しばらくすると、老人は所用で出掛けるといい少しの間、屋外へ出て行った。
招いたばかりの他人を残して不用心だな、とは思ったけれど、信頼されていると思えば少し嬉しい。
少しして老人が戻ってきた。
出て行く時には持っていなかった包みを持って。
「その包みは?」
「薬だよ。あちこち痛んで仕方がないだ」
確かに、腰は曲がって杖をついて頑丈とは言えそうもない。
そこで城を出るときに僕の元に来た魔族の老人を思い出した。
結局僕は魔族も人間も守れはしなかった。
物思いに耽っていると、雨音が聞こえてくる。
ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
「雨だ……」
この雨がアズガンダルの炎を消し去ってくれればいいんだけれど。
そう思いながら窓に触れて外の雨を眺める。
「そんな薄い壁の近くにいたら風邪を引いちまうよ。暖炉の側にお寄りよ」
「お気遣い、ありがとうございます」
「さあさ、このお茶でも飲んで。薬茶だから味は少し苦いかもしれんが」
「確かに苦いな」
「おい!すみません、こいつがこんなことを申してしまって……」
老人は笑って許してくれた。
「若い人に合うものがなくてすまんねぇ」
朗らかな老人は祖父を思い出した。
僕が老人と談笑しながら薬茶を飲んでいる間、悪魔が最初の一口以降一杯も手を付けなかったことには気付かなかった。
今はただ、何者でもない僕自身として人と話がしたかった。
悪魔はそんな僕をじっと見詰めている。
やがてぼくはうつらうつらと眠たくなり、老人に案内されるまま客間へと入り、ベッドに潜り込んだ。
異様に眠たかった。
僕はそれを疲れているせいだろうと思っていた。
「おい、いつまで寝ている気だ」
「うん……?」
激しく揺さぶられて目が開く。
まだ眠たい。
「なんだよ、悪魔。用があるなら夜が明けてからにしてくれ」
「そんな悠長なことを言っていたら死んじまうぜ」
「何を言って……」
その時、乱暴に扉が開かれた。
「魔王だな」
「お前達は……」
襲撃してきたのは単なる人間達だった。
それぞれが武器を持ち、僕達に対峙している。
「すまないねぇ」
「ご老人」
奥から僕達を泊めてくれたご老人が現れた。
「あんたの賞金が目当てでねぇ。でも、ほら、魔王が起きたままで儂等村人が立ち向かうなんて勝てるわけがないだろう?だから薬を盛ったというのに、起きているなんて……」
「そんな……」
僕は慌ててベッドから飛び起きた。
だけど、まだ睡魔が勝ってふらついてしまう。
「大丈夫かい?勇者様」
「……ああ」
そこで村人の一人が笑い出した。
「勇者様だって!?その魔王が!?アズガンダルを攻め落としたくせによくいうぜ!俺の娘はなぁ、数日前に結婚してアズガンダルに移り住んだばかりだった!」
その言葉に反魔王派の起こした惨劇が思い出される。
被害者も大勢いた。
僕は、止められたはずなのに止められなかった。
何が勇者だ。何が魔王だ。
結局僕はどっちつかずのまま、何も守れず得られていない。
とりあえず逃げることが先決だ。
「馬のところまで急ごう!」
「おっと、お前達の馬ならこちらで回収させていただいた」
そう言って鍬がこちらへと振りかぶられた。
「悪魔!」
「俺はお前に生きていて欲しいんだよ!」
悪魔が僕と鍬の間に立ち入り、鍬の棒のところを掴んで止めた。
そのまま男を蹴り飛ばし、鍬を持つともう一人も倒してその男が持っていた鎌をこちらに投げて寄越した。
「どうせ誰も傷つけたくないとかいうんだろう?逃げるぞ!」
「もちろんだとも」
逃れるように走って村から飛び出した。




