分かり合えない
「お待ちください、魔王様」
僕達がアズガンダルへ向かおうとすると、一匹の年老いた魔族が話し掛けてきた。
「あなたは?」
「東の集落の襲撃で情けなくも生き残った者です」
僕は思わず馬から降りた。
「情けないなんて、そんな!生き残っている魔族がいてくれてよかった」
「ワシなんか生き残っても、病で苦しむ子供も殺されました。それでも魔王様。あなたは人間と和平を結ぶと言うのですか?」
杖を握る手が震える、年老いてなおギラリとした瞳だった。
僕は一瞬怯んでしまったけれど、頷いて返す。
「ああ。これ以上誰の血も流したくない」
「……そうですか」
老人はそれきり何も言わなかった。
僕も何も言わずにそのまま馬に乗り直した。
「行こう、悪魔」
「ああ」
背後は振り返らなかった。
振り返ることが出来なかった。
振り返ったら、決意が揺らぐ予感がしたから。
アズガンダルへ辿り着く頃には外壁は壊れて中から火が街を燃やしているのが見えている。
僕達は馬を安全な場所に縛りつけると、急いで壊れた城門からアズガンダルの中へと入っていった。
「誰か!無事な者はいないのか!?」
僕の声に反応したのは人間ではなく魔族だった。
「これはこれは魔王様。人間を滅ぼす決心でもつきましたか?つくわけねぇよな!元は人間なんだから!この数年、待てどお前は和平の道を模索して悲しむ魔族には目を向けなかった!そんなやつにオレ達の統治者を名乗る資格はねぇ!」
下卑た笑いと叫び声が聞こえる。
違うのに。
僕はそんなつもりでいたんじゃないのに。
僕の選択は、間違っていたんだろうか。
「話を聞いてくれ。これ以上、お互いの血を流したくはない。今すぐ人間を助けて、みんなで帰ろう」
僕の説得に、反魔王派の誰も耳を傾けようとはしなかった。
「人間を助ける?人間なんて、一番偉い奴から逃げ出して行きましたよ。あんたの元の飼い主はね!」
そう言って、その魔族が掴んでいた子供の首が千切れた。
その音に、身体中の血が沸騰する。
剣を持って来なくて良かった。
頭に血が上ったこの状態なら、僕も彼と同じことをしそうだった。
「僕達には対話が必要だ」
「いいや、これ以上は待てない。大体、魔王様を倒した勇者だったあんたを魔王と祭り上げたのが間違いだった。情に絆され崇めてみたものの、とんだ腑抜けだ!まだお前と対峙してオレ達を守ってくださった先代の方がよかった!」
その言葉には胸が痛んだ。
「確かに、こいつはあまちゃんだけどなぁ、あまちゃんだからこその良さってのもあるもんだぜ」
ずっと黙っていた悪魔が言う。
「悪魔」
「その子の遺体を置いていけ。こいつの代わりに俺が相手してやろうか?」
悪魔が戦うところなんて見たことがない。
それに、ずっと僕のそばにいてくれた悪魔を戦いなんてものに巻き込みたくなかった。
そう思ったら左手の指輪がちりりと痛む。
「勇者様、勇者様はそのままでいいんだぜ」
そう言われて、悪魔と出会ってからの日々が鮮明に思い出された。
「いいや、そういうわけにはいかない。ここは僕が引き受けよう」
悪魔の前に出て反魔王派と対峙する。
その後ろで悪魔が相変わらず口に弧を描いていたのは誰も見ることはなかった。
「いいんですかい?武器も持たずに、オレ達に向かうなんて」
ニヤニヤしながら大柄な魔族が言う。
確かにそうだけど、このまま見て見ぬ振りなんて出来なかった。
迫り来る攻撃を躱わしながら、隙を狙う。
体が大きい分、小回りが効かないようで、一瞬の隙をついて斧を振りかぶった瞬間を狙って片足を突いて相手を転ばせた。
その隙に巨大な斧を奪い相手の目鼻先に突き付ける。
先代魔王の方がまだ強かった。
「まだやるか?」
「……ちっ」
魔族は舌打ちすると、どこかへ去っていった。
僕は生きている人間の手当を、悪魔は消火活動に勤しんだ。
「まだ、人はいないか?」
「ほとんど死んじまってるよ。それよりいいのか?人間だけじゃなくて反魔王派まで完全に敵に回しちまったぜ」
その言葉に何も言い返せない。
僕の選択はいつも間違いなんだろうか?
みんな平和に暮らしたいだけなのに、みんなが望んだことなのにそんなに難しいんだろうか。
「わからない……」
「ふぅん。ま、いいけどな。それより、新しい勇者達がそろそろ到着しそうだぜ。こんなところを見られたら、お前がアズガンダルを襲撃したと思うかもな。さっさと帰るぞ」
「いや、ここで話をしないと余計に拗れそうだ」
「もう拗れてんだよ」
そう言って悪魔は馬がいる方まで悠々と歩いていくので、僕も慌てて追うしかなかった。
僕達が馬で駆け出して数刻後に勇者達はアズガンダルへと戻ってきた。
「ひどい……。誰がこんなことを」
「見て!生きている人がいるわ!」
「大丈夫ですか!?……しっかり手当されている。一体何が起こったんだ」
勇者達が怪我人を取り囲み話し合っていると、街人が目を覚ました。
「うぅ……」
「一体何が起きたんですか?」
「魔族が、魔族が急に襲撃してきたんです……。ほとんどやられました。王は一番に逃げましたけどね」
皮肉が言えるくらいには元気らしい。
「この手当は誰が?」
「それが、魔王にしていただきました……。勇者様。この世界で何が起きているんでしょう?」
勇者の目が驚きに見開かれた。
「魔王が!?……やっぱり、あの人は悪人なんかじゃなかったんだ。なにか理由があって……」
「連れの男のことを悪魔と呼んでいました」
勇者の仲間が考察する。
「もしかして、悪魔に操られているんじゃない?」
「そうだとしたら、やっぱり僕が助けないと!あの人はこんなことを許す人じゃない!」
正義に燃えているあの子に僕は気付かぬまま、悪魔の口が弧を深く描いたことに僕は気付かなかった。
ただ、逃げ出すようにアズガンダルから城へと馬を走らせていた。




