嵐の前
「魔王様、オレ達、もう我慢出来ません!」
魔族の一人が憤慨しながらも進言してきたのはある日のことだった。
「東の集落が襲われました。あそこはもう寿命を待つものたちの最後の場です。穏やかな最期すら迎えさせてもらえないなんて、人間は酷過ぎる!」
その気持ちは痛いほど伝わった。
「魔王様が動かないのは元人間だからだと陰口を言う者もいます。どうか!今こそ我々のために動いてください!」
涙を流され懇願されて、僕は狼狽えた。
戦争は避けられないのか。
「……分かった」
「魔王様!」
「僕は剣を置く。和平の道を、僕一人で切り開く」
覚悟を決めて、腰につけていた剣を机の上に置いた。
「魔王様!?そんなことをしては殺されてしまいます!あちらの王は毎晩魔族や魔物を殺しては酒を飲んで楽しむような男だと聞きます。そこに魔王様が赴いたら何をされるか……!」
老魔族が心配からか前に乗り出した。
「けれど、それ以外に話を聞いてもらう術はない」
群がるみんなに安心してほしくて微笑みかける。
「大丈夫。今代の勇者はいい子だ。あの子と話が出来ればなんとかなるかもしれない」
「けれど、それが出来なくて何年も手をこまねいていたんでしょう!?あなたは死ぬ気ですか!?」
最初は僕を認めていなかった魔族が叫んだ。
みんなの心配もわかる。
けれど、僕にはもうこの道しかなかった。
「みんなを残していくのは懸念だけれど、もしもの時は憎き勇者が新しい勇者に倒されたと思ってくれ」
そこで悪魔が初めて口を開いた。
「させるかよ」
「悪魔?」
「お前は天国にも地獄にもいけない。なら、ここにいるしかないじゃないか。俺もついていく。お前らは心配するな」
「悪魔……」
悪魔の甘言に親愛に似た情が伝わる。
そうだよな。
僕の居場所はここだ。
だから守りたいんだ。
「みんな、大丈夫だから。アズガンダルでは会わない。今、勇者達は他の国にいる。そちらに向かおうと思う」
再度唇だけで微笑む。
「みんなは安心して、僕の帰りを待っていてくれ」
僕がそうやって説得しているのを、悪魔が冷たい目で見ていたのを僕は知らなかった。
旅立つために二人で準備をしていると、悪魔が呟いた。
「お前は役者にはなれないな」
「え?」
「さっきの説得、膝も笑ってたぞ。死ぬのが怖いならそう言え」
僕は苦笑した。
「誰だって、死ぬかもしれないってなったら怖いんじゃないかな」
「それでもお前は行くんだろう?」
「うん。みんなのために。……違うな、僕のためだ。僕がみんなとまだまだ過ごしたいからだ。この安寧を続けていたい。それが僕の理想だ」
悪魔が弧を描いた。
いつもの風景だ。
「それがあの時の答えか?」
「ああ。僕は、僕の意思で、ここにいることを選択した」
僕が笑うと悪魔も笑う。
鏡合わせの僕達は、歪ながらどこかお互いにお互いがかけがえのないものになっていた。
「行こうか。勇者達がアズガンダルへ戻るとややこしい」
「そうだな、勇者様」
「……お前だけは、いつまでも僕を勇者と呼ぶな」
「俺にとっての勇者様は勇者様だけだからな」
その言葉に、どことなく違和感と既視感を覚えたがどこでだったか思い出せない。
多分、いつもの軽口で言っていたんだろう。
「馬を出そう」
「……馬車は出ないのか?」
その言葉は覚えている。
出会って間もない頃、馬車が珍しくてはしゃいでいた悪魔。
「今回は早く行かなきゃいけないからね。そんなに馬車に乗りたければ、今度みんなと馬車に乗ってピクニックにでも行こうか」
「ローストビーフのサンドイッチは出るか?」
幼子のような短絡さに思わず笑ってしまった。
「作らせるよ。だから、早く行こうか」
そう言って馬小屋へ向かうと、一匹の魔族が慌ててこちらはやってきた。
嫌な予感しかしない。
「どうした?」
「大変です!魔王様!」
「だから、どうしたんだ?ほら、落ち着いて」
背をさすりながら尋ねると、魔族はだんだんと落ち着いたけれど、大きな声で叫んだ。
「一部の連中がアズガンダルに攻撃を仕掛けています!」
「なんだって!?」
僕は思わずアズガンダルの方を見遣った。
「反魔王派の連中です!あいつら、魔王様の言うことなんか聞きゃしないから……!」
「そうか……。知らせてくれてありがとう。行こう!悪魔」
「はいはい」
言うが早いか、悪魔も颯爽と馬に跨った。
「勇者との対話はまた今度だ。行こう。分からず屋達を止めるために!」




