水晶
僕がどうやってあの子と接しようか考えて窓辺に腰掛けていると、悪魔がやってきた。
「勇者様、これをやる」
悪魔が僕に何かをくれるなんて珍しい。
悪魔が出してきたのは水晶だった。
「これは?」
「この水晶で相手の言動が覗き見える」
「そんなものが」
でも、悪魔の世界にならこういうものもあるのかもしれない。
「借りてもいいのか?」
「やるよ。俺達はそんな道具がなくても他人の人生を垣間見るなんてこと出来る」
と、いうことはこれは僕のために持ってきてくれたのか。
「ありがとうな。悪魔」
「気にするな。これは手に持って見たい相手を思い描けば水晶に現れる」
「ふぅん」
そう返事をしながらあの子のことを思い出した。
すると、本当にあの子が出てきた。
凱旋パレードで見たままの姿だ。
勇者は仲間と思わしき人間達相手に話し掛けていた。
「魔王も可哀想に。聞けば元は勇者だっていうじゃないか。きっと何かあったに違いない。俺が、あの人をなんとかして助けないと」
可哀想?
可哀想と言ったのか、この子は。
僕の、僕達の苦悩や苦労を知らずに。
そうか。
君は、まだ勇者なんだな。
だから魔王すら憐れむことが出来る。
「これは、他の人物も見れるのか?」
「もちろん。見たいものだけが映るとは限らないがな」
僕は王を見ることにした。
するとすぐに水晶の景色は変わり、王が室内で寛いでいた。
「まったく、今度の勇者は扱いやすくて助かる。以前の勇者は正義なんてもんに固執してこちらのいうことを聞きもしなかった。今度の勇者には精々、こちらの思うままに動いてもらうとするか」
そう言いながらワインを飲む。
僕は目眩を覚えた。
この王は何も変わってはいない。
僕が呆然と眺めていると、王は続けて言った。
「勇者に魔族を切り捨てさせて正解だったな。まさか魔王が和平を望んでいるなんて言えるわけがない。このまま我等の利益と娯楽のために魔族や魔物には悪でいてもらわなくてはな」
それでは、あの子は魔族の使者が和平を望んでいると知らなかったのか?
犠牲になった魔族には申し訳ないが、一縷の希望が見えてきた。
魔族側と人間側、両方から腐敗したこの世界を正せば、なんとかなるかもしれない。
そのためには、なんとかしてあの子と接しなければいけない。
けれど。
「助ける、か」
あの子にそんなことを言われるなんてな。
あの子はこれ以上、僕から何を奪うつもりなんだろう。
本人が善意なのがまた苦しい。
僕は、かつて同じ言葉を吐いた。
だからこそ、この善意がどれほど人を殺すか知っている。
「苦しいか?悲しいか?勇者様。大丈夫さ、お前はまだ神に見捨てられていない。俺を信じろ」
「僕が、神に見捨てられていない?それは本当か!?」
「ああ。憎たらしいあいつは未だにお前を愛し見守っている。これからの世界の命運をお前達に賭けているのさ」
「しかし、勇者に救われた魔王は世界にとって何になるのか。憐れみは、許しよりも残酷ではないのか?」
それは自身への数年前の疑問だった。
僕は、本当に救われたいんだろうな。
「だからこの間言っただろう。勇者様。お前の理想ってなんだ?救われたいのはお前自身じゃないのか?ってな」
「ああ。みんなが認めてくれたからって、あれは許しじゃない。僕は今度こそ、許されたい……それが僕の自己満足だとしても」
みんなの前で、堂々と率いる者として立ちたい。
「あの子との対話を急ごう。これ以上『勇者』も『魔王』も消費される世の中じゃいけない」
「そうだな。そのためにはまず新しい勇者と話さなきゃなぁ」
「そうだな。神がまだ見守ってくださっているのなら心強い。悪魔、教えてくれてありがとう」
僕は悪魔に握手を求めた。
しかし、悪魔はそれを一瞥すると笑みを深くした。
「それならよかった。この水晶はお前にやるから、何か気になるものがあればいつでも覗き見るといい。向こうの勇者の言動とか知っておけば有利になるだろう」
握手をしてくれることはなかった。
僕は手持ち無沙汰になった手を引っ込めて、水晶を撫でる。
「ああ、そうだな」
僕はそれを、疑いもせず胸にしまった。
それがどんな代償を伴うかも考えずに。




