南の領地にて
「悪魔と契約したからって、何も変わらないんだな」
どんなものかと思ったけれど、剣技も魔力も姿も何も変わらない。
「なんだ。変化がお望みだったか?違うだろう?お前が変わることを望んだのは」
「非力な人間の怯え」
「そう!そうだろう。お前を怖がる愚かな人間に、変わってほしいと願った。俺はその手伝いをしてやるだけだ」
悪魔は高らかに笑った。
僕は悪魔をじっと見る。
「代償は?」
「暇潰しさ」
そんなわけがないだろう。
そうは思ってもこの悪魔が正直に答えるわけがない。
なんとなくそう思った。
「魔王も勇者もいらない、力で選別されない、恐怖がない平和な世界。それさえあれば僕は幸せになれるんだろうか」
「さぁな。けれど、まだ魔王の残滓である魔物は残っていて、お前は勇者で、この世は力で選別されて、恐怖が支配している」
僕は下唇を噛む。
まだ、この世界で恐怖があるのは許せない。
それが勇者の矜持なのかなんなのか分からないが、僕のやり残したことだ。
「まずは魔物を倒そう」
そしてなにもかもがなくなった世界で、人間は僕の力を改めて認めてくれるはずだ。
……きっと。
淡い希望は、所詮希望だった。
強い魔物が出るという場所に赴き倒していけば、皆が僕を恐れ慄きながら感謝した。
違う。
なんでそんな目で見る。
僕の息が荒くなる。
「慌てるな、勇者様。世の中がお前を必要とする日はきっと来るさ」
悪魔に慰められるなんて。
けれど、その甘言に縋ってしまいたくなる。
「悪魔は口が上手いな」
「悪魔だからな」
「そうやって僕の魂を奪う気か?」
それでも、この想いが報われるならいいんだが。
そう思って悪魔を見遣ると、酷く冷めた目をしていた。
「さぁね」
「……南の領地で、魔物の群れが現れたそうだ。急ごう。民の被害が大きくならないうちに」
そう言って、南へ行く旅が始まった。
数日掛かったその旅で、悪魔とは上手くやれたと思う。
悪魔と上手くやるというのも不思議だけれど、わりと相性は良かった。
いつの間、こちらのほしい言葉を、逆撫でしない態度を取る悪魔を、僕を恐怖の対象として見る人間より好意を持ち始めていた。
「なぁ、悪魔」
「なんだよ」
「お前の名前は?」
もう一度問う。
「俺は単なる悪魔だよ」
「……そうか」
僕は何を考えているんだろうか。
この悪魔を、友人みたく名前で呼びたいだなんて。
「なあ、悪魔」
「だからなんだよ」
「俺といて、お前は楽しいのか?」
悪魔はつまらなそうな瞳から細めてにやりと笑った。
「ああ、楽しいよ。高潔な魂が黒く染まる様を見るのは」
「高潔、か?」
「少なくとも、今はまだな。お前は勇者様なんだってことだろうよ」
「今は、まだか……」
勇者で亡くなった僕は、何になるんだろうか。
南の領地に着くと、悲惨な状況だった。
「これはひどい」
「いい光景だな」
村々は焼かれ、田畑は荒らされ、血を流した人々が道に横たわっていた。
僕が一歩踏み出すと、気付いた兵や民が揃ってこちらに駆け寄ってきた。
「勇者様!勇者様がおいでになったぞ!ああ!これでもう安心だ!」
求められている。
歓声に自尊心が、満たされていなかった心が潤っていく。
「僕が来たからにはもう大丈夫です」
そう言って、魔物の群れに向かっていった。
悪魔は相変わらず目を細めて笑っていた。
僕は、切って、切って、切り殺した。
途中から肉を切る感触が快感になる。
これは、魔王退治の旅の途中から得た感情だった。
誰より強くなれる感覚がした。
かなり殺して不利だと悟った魔物の群れが散り散りになる。
やっと終わった。
そんな安堵もあって、一息つく。
人々は無事だろうか。
痛む体を無視して近寄る。
「魔物は去りました。しばらくは大丈夫だと思いますよ」
にこり、と笑ったけれど、返ってきたのは怯えだった。
ああ、わかっていたじゃないか。
「あ、ありがとうございました。勇者様。これは少ないですがお礼でございます」
「……いえ、それは復興にお役立てください」
僕は笑えているだろうか?
悪魔は、相変わらずにやりとした顔で笑っていたのは覚えている。




