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悪魔の甘言、勇者の選択  作者: 千子


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再びアズガンダルへ

新しい勇者は、救われるべき存在か?

それとも、救ってはいけない存在か?

守れば自分と同じ道に引きずる可能性がある。放置すれば神と王の犠牲になる。

どちらを選んでも、僕は『正義』を失う。

だけれど、僕はあの時の子供を見捨てられなかった。

「この和平の申し出を、あの子に届けよう」

きっと、了承してくれるはずだ。

そう希望を抱き、一匹の魔族に託した。

けれど、その魔族はいくら待っても帰ってこなかった。

「どうしたんだろうか」

「決まってんだろ?新しい勇者に殺されたんだよ」

僕はその言葉に目を剥いた。

「そんなまさか!人間側も和平を望んでいるんだろう!?」

「だからお前は傀儡になり損なったんだ。正論ばかり、この世には表と裏ってのがあるんだよ」

悪魔は呆れたように僕に語る。

「あの子に裏があると?」

「それを見極めるのはお前の役目だ」

僕はしばらく考えて、実際に見てみるしかないと思い至った。

アズガンダルへ行こう。

勇者と王の真意を確かめよう。

「しかし、それでは魔王様の御身が危険では!?」

僕を心配してくれるのが魔族だけなんて。

昔の僕に聞かせてやりたい。

魔族も人間も変わらない。

そんなこと、考えたことなかった。

「ありがとう」

ふっと笑って力を抜く。

いつの間にか力んでいたみたいだ。

「とにかく、アズガンダルへ。僕一人で行く」

「おっと、お前が行くなら俺も行くぜ」

悪魔が名乗りをあげる。

僕が農作業したりしている間は離れて惰眠を貪る癖に、不穏な空気を掴むと付いてくる。

これも悪魔だからだろうか。

「そうだな。俺は悪魔だからな。そういうのが大好きなんだ」

にやりと笑って大仰なポーズを取る。

「とにかく、アズガンダルへ。明朝赴こう」

この魔族と魔物の地区から早馬を飛ばせば三日で辿り着く。

「分かったな、悪魔」

「はいはい。分かっているよ」

手をひらひらと振って興味がなさ気だ。

本当にこの事態をわかっているんだろうか?

僕が見詰めると、見詰め返す。

その瞳はどこまでも底が見えない。

……とにかく、やることは決まった。

アズガンダルへ行くために今日は早く休もう。

そう決めた僕は、寝室でゆっくり休んだ。

翌朝は早くに馬を出した。

逸る気持ちが馬にも伝わったようで、いつもより早く走ってくれた。

野宿や村の空き家に泊まったりして三日目。

ここは王城が近い街なだけあって立派なものだったが、貧富の差が明らかで、ふと横に目をやると物乞いをしている孤児が懸命に生きていた。

……あの子は、このことを知っているんだろうか。

昔のあの子に重ねてしまう。

その晩は眠れぬ夜を過ごし、どうしたら最善策なのか考えていた。

「考えても無駄さ、勇者様。物事はもうなるようにしかならない。早く寝て、明日の凱旋パレードでも楽しもうぜ」

「凱旋パレード?」

「知らないのかい?下の酒場で噂していたぜ。新しい勇者様が初めて魔族を退治した祝賀会が開かれるんだと」

それは、和平を申し込みに行かせた魔族のことだろうか。

目の前が真っ黒になった。

「ああ、可哀想な勇者様!みんなみんな、お前が守ってきたものが敵になっちまったなぁ」

悪魔が弧を描く。

もう何度も見慣れたその笑顔に、僕は、僕のことを勇者と未だに呼ぶのはこの悪魔だけだな、なんて見当違いなことを思っていた。

「悪魔、お前は僕が死ぬまで離れないと言ったな」

「ああ。言ったさ」

「そうか。それならいい」

もう本当にどうでもよかった。

悪魔がいてくれたから、僕は鏡に問いかける日々を過ごすだけだ。

それは寂しく悲しい自問自答の日々だったが、この悪魔のことだけは嫌いになれなかった。

「寝よう」

「俺はお前の面倒を見てやってただけだぜ。寝るんならいつでも寝れるさ」

「そうか」

場違いに微笑んで、ようやく就寝できた。

その夜見た夢は、人も魔族も笑っていた。

こんな夢は初めて見た。

あり得ない、未来の僕の願望だった。

翌朝、アズガンダルへ行こうとして悪魔に止められた。

「そのまま行くつもりかよ。お前、人間の世界でお尋ね者の反逆の勇者って自覚ないのかよ」

「反逆の勇者……」

改めて言われると絶望する響きだ。

僕が勇者として為してきたことはなんだったんだろう。

これも王の傀儡にならなかったからだろうか。

魔族に情を持ったからだろうか。

……多分、両方だ。

あの子はどうなんだろうか。

王の傀儡なんだろうか。

いや、和平を申し出た魔族を切り捨てて凱旋パレードをやることを了承するほどだ。

僕の知っているあの子じゃないだろう。

そう思うと胸が痛い。

早く、あの子に会いたい。

悪魔はそんな僕を見て、相変わらず笑っていた。

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