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悪魔の甘言、勇者の選択  作者: 千子


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魔王の仕事

僕は魔族や魔物のために尽くしてきた。

最初反発していた相手も、僕が本気で救いたがっていると分かると段々と懐いてきた。

「新たな魔王様の誕生!万歳!」

なんて言われて、僕は戸惑った。

僕は勇者という立場を捨てていない。

けれど神は新しい勇者を選び、僕は魔族に王として崇められている。

苦悩の日々だった。

だけど、僕は魔族の統治者を倒した責任がある。

豊かな生活のために、魔族や魔物が人間に虐げられないために、僕は尽力した。

そのためにまずは不毛の大地を耕した。

人も寄りつかない、魔族が追いやられた場所に最初に花が咲いた日のことは覚えている。

「僕は歳を取らないんだな」

悪魔に尋ねた。

あれから数年経っても、僕はちっとも変わらなかった。

「そういう契約だからな」

「ふぅん」

そのことにあまり興味はない。

今は、民がどうやったら幸せに暮らせるかが問題だ。

今日も荒れた大地を耕す。

みんなも真似して荒地に食物を育てたり、家畜を飼い始めた。

「魔王様がやってらっしゃるのに、儂等だけみているわけにはまいりません」

そう言って、見様見真似で僕の手伝いをしてくれた。

この老魔族は誰よりも早く畑に来て、僕の仕事を手伝っていた。

「今までそんな余裕がなくてあんまり見たことがないんですが、花ってのは綺麗なもんですねぇ」

花を愛でる心もある。

やはり、魔族と人間に変わりはない。

僕はその頃にはそう確信していた。

僕の選択に間違いはなかった。

そう思っていた矢先に火急の知らせが舞い込んできた。

北に住む魔族の隠れ村が人間に見付かり、防戦一方だと。

僕はその頃には決めていた。

「民のために力を尽くそう」

そう言って、北に向かい剣を振るった。

人間のために奮ってきた剣が、魔族のための剣になった。

神の御言葉は聞こえない。

代わりに悪魔の甘言が僕を苛む。

「格好いいなぁ。勇者様は人間の勇者様から魔族共の勇者様に代わった。魔王と囃し立てられて気分はいいかい?」

「煩い、黙れ」

僕は悪魔を一瞥すると、また先陣へと赴いた。

切って、切って、斬り殺した。

人間の肉は、魔族や魔物の肉より柔らかかった。

叛逆の勇者なんて人間達には言われている。

僕は何も間違ったことはしていない。

昔も今も、弱きものを助けているだけだ。

それに、僕はまだ人間を愛している。

愛しているから苦しいんだ。

「そうだよなぁ。勇者なんて言われても、結局は単なる人間だったのにな。ここまでお前を追い詰めたのは誰だと思う?お前と同じだった人間だ!」

そうだ。

一部の人間のせいで、僕は、正義の刃を変えることになった。

王侯貴族は傀儡になり損なった僕をここぞとばかりに悪評を立てた。

それでも構わない。

不毛の地に咲いた、一輪の花を守るのが今の僕の選択だ。

「魔王様がいてくださってよかった」

「ああ。最初は疑っていて申し訳ない」

「ふん。俺はまだ許していないね。確かに前王よりいい政治をしていようが、元は人間だ。いつまたあんな目に遭うか分からない」

様々な声が聞こえる。

それでも僕は、鍬を持ち畑を耕すしかない。

この地が民の安寧の地になればと思い、鍬を振るう。

「魔王様が剣から鍬に持ち替えると、なんだか別人みたいに穏やかですねぇ」

一匹の魔族が言う。

この穏やかな老魔族はよく、畑を作るのを手伝ってくれる。

「穏やかな心にさせてくれるからな」

人間がいない世界はこんなに輝いている。

僕は、見ている景色が違っているだけでこんなにも心も違うのかと目を瞬かせた。

「魔王様、水です」

「ありがとう」

平和を享受している僕を、悪魔がニヤニヤしながら見詰めているのには気付かなかった。

「この平和も、いつまで続くかねぇ。ああ!勇者様の高潔な魂が神にも見捨てられないまま、黒く染まっていく様は最高の見せ物だ!神、お前の愛子は立派に人間の敵になっているぞ」

大仰に、小さく呟く悪魔を誰も目撃していなかった。

その声や姿を見たものがいれば、僕に進言してこれからの事態が少しは変わっただろうに。

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