魔王
「昨日の魔族の?」
僕は途端に、指先から血の気が引いて震えだした。
僕の罪。それと向き合わせるのか、この悪魔は。
「おっと、そんな目をするなよ。魔族はお前に感謝しているぜ?なんせ、人間の英雄である勇者様が人間を殺して魔族を救ったんだからな!」
「うるさい!黙れ!」
僕は耳を塞いでしゃがんだ。
何からも逃げたかった。
でも、悪魔はそれを許さない。
「そんなこと言わず、早く行こうぜ。どっちにしろ、お前には居場所なんてないんだから」
返す言葉もなかった僕は、しばらくしゃがんで丸まっていたあと、渋々立ち上がり歩みを進めた。
しばらく歩くと本当に泉があった。
「本当にあった……」
じゃあ、やっぱり昨日の惨劇の被害者……被害魔族は悪魔によってここに運ばれたのか?
「魔族は……」
「もう自分達の住処に戻ったろうさ」
悪魔が言う。
「魔族達の住処」
それは興味か憐憫か。
行ってみたいと思ってしまった。
「そこはここから近いのか?」
「ああ。行ってみるか?」
「……ああ」
力無く頷く。
悪魔はそれきり何も言わずに僕を魔族と魔物の住処に連れていった。
そこには負傷したり寝たきりのものが多くいた。
流れる血の色は違えど、その惨状からは背けたくなる。
いや、僕は背けてはいけないんだ。
魔族と魔物の視線が集まる。
僕も真っ直ぐ見詰め返す。
悪魔が背後から囁く。
「魔族は弱い。現に人間に玩具にされている。魔族には率いる王が必要だ」
悪魔の言葉に僕は頷いた。
「僕が魔王になる」
それは正しいと分かっていた。
だからこそ、二度と人間には戻れないと分かっていたのかもしれない。
僕の宣言に一匹の魔物が泣いる。
僕の、人間の涙と変わらない透明な涙だった。
魔族と魔物、それらの王を倒して祭り上げた人間に最初は冷たい。
人間が魔族と魔物の王になることを疑われたが、僕は頑張った。
言葉を尽くし、時には人間と対立し、魔族と魔物を助けていった。
次第に魔族と魔物からの信頼も得始めた。
それから数年は鳴き声が消えたような穏やかな月日が流れた。
一方その頃、僕が受けた託宣で僕の運命を左右する言葉が神官から授けられた。
人間はいつも勝手だ。
そんな僕も人間だけれど。
人々は騒ぎ立てた。
「新しい勇者が誕生したぞ!」
「じゃあ、あの勇者様は?」
「やっぱり、王様の言った通り反逆者だったんだ!俺達を裏切って魔族についたんだ!」
僕は、勇者という立場を捨てる選択なんてしていない。
なのに神は僕に何も告げずに新たな勇者を選んだ。
そのことが悲しくて、寂しくて、数年振りに一筋の雫が頬を伝った。
そういえば、神の御言葉を聞けなくなったのはいつからだろう。
僕は、戻れないところまで堕ちたのかもしれない。
そう思って自嘲した。
悪魔は相変わらず口に弧を描く。
この黙って僕のそばにいる悪魔のように、神の御言葉は僕を導いていたのに。




