王への陳情
国王陛下に陳情しに行く前に衣服を整えなければならない。
勇者でも王の前では一介の人間だ。
真新しい衣類に身を包み、気分も一新した気になる。
……あの血濡れの服を早めに処分しておいてよかった。
そんなことを思いながら王城へと歩いていく。
魔王を倒しての凱旋パレード以来だ。
あの時は立派な馬車に乗せていただいたっけ。
自分の罪から逃げるように、僕は歩みを進めた。
悪魔は黙ってついてくるだけだった。
何も言われない。
それが救いで罰だった。
王城の前へ辿り着くと王に陳情する民の列が並んでいたので、僕も手続きをしに門番に陳情を申し出た。
「これは勇者様!勇者様からの願い事とあらば王もお聞きになるでしょう」
陳情に並ぶ列に加わらず、通されようとしたので僕は断り列に並んだ。
僕も王に願う一人の人間だ。
勇者だからといって民と何が違うんだろうか。
「勇者様でも並ぶんだ」
という猜疑の目からの皮肉もあれば、褒められることも多くあった。
「俺達とは違わないってことか」
「偉ぶらないで、いい男だねぇ」
なんて言われて恥ずかしくなる。
思わず新品の外套のフードを目深に被った。
順番は遅々として進まなかったが、僕が黙って並んでいるからか、不平不満を漏らす者もいなかった。
ただ、ひそひそと話し声は聞こえてきた。
「勇者様が王様に願うことってなんだろうなぁ」
「一財を築き上げたって話もあるじゃねぇか。今度は爵位か何かか?」
そんなことはない。
僕は魔王討伐をしても褒章も地位も名誉もすべて辞退して何も戴いてはいない。
それでも噂は好き勝手歩き出して、いつの間にか強欲な勇者になっていた。
僕は、人間が魔族や悪魔を買って甚振っていることが日常的に王侯貴族の間で行われているのなら止めないといけない。
そう思っただけなのに。
だけれど、魔族の王を倒した僕が魔族や魔物の平和を願っていいものだろうか。
昨日の魔族は優しかった。
一部の人間よりもよっぽど。
そこまで考えて思う。
人間と魔族の何が違うんだろうか。
僕は、僕のしてきたことは間違いだったんだろうか。
魔王が魔族の秩序として、王として君臨していたのなら、僕はその理を壊したことになる。
僕がやってきたことは、本当に正しいことなんだろうか。
考えても答えは出ない。出したかなんてなかった。
ぐっと剣の柄に手が伸びる。これこそが僕の証で罪であった。
散々考えている間に列は進んでいった。
「勇者様、もう少しですよ」
「特別扱いしなくても大丈夫ですよ」
門番に頭を下げられて申し訳なくなる。
あと少し。
僕も民だった頃は王に願いたいことはたくさんあったけれど、こうして実際に陳情にこれるほど都会には住んでいなかった。
勇者になって、王侯貴族のパーティに呼ばれるようになってからも礼儀作法も知らずに最初の頃は笑われていたな。
あの頃は何故世界を救った自分が辱めを受けるのかと思っていたが、王侯貴族には王侯貴族の礼儀作法があり、自分は無作法者に見られていただけだ。
立場が違えば考え方も違う。
……魔族への迫害を許している王に、僕はなんと言えばいいのだろうか。
今更不安になってきた。
「不安になってきたかい?勇者様」
悪魔が囁く。
「いいんだよ、思った通りに言えば。お前は何も悪いことを言おうとしていない。弱者を助けるためだ」
悪魔の甘言は、僕に安堵をもたらした。
「そうだよな、そうだ……。僕は間違っていない」
悪魔の言うことなんか素直に聞いてはいけないのに、甘い毒に身を委ねた。
夕暮れ前には僕達の番になった。
王と対峙するのは立派な謁見の間だ。
ここにくるのは久々だな。
「おお!勇者よ!とうとう願い事が出来たのか?何でも出来る限りは叶えよう。申してみよ」
王にそう言われて、僕は素直に答えた。
悪魔が僕の背後で弧を描いていたことも知らずに。
「はい。人間が魔族や魔物を買って甚振っていることが日常的に王侯貴族の間で行われているとのことです。ぜひともそれをやめていただきたく陳情しに参りました」
「……その話、公爵から聞いたか?」
その言葉に、公爵は押し入った強盗に殺されたことになっていたことを思い出した。
もしかして。
「王が公爵邸に強盗が入ったことにしたのですか!?」
「それはこの国のためなのだ。公爵が勇者に殺されたなんて外聞、知られたらどうなる。おまえのためでもあるのだぞ。それより、望みはそれだけか?ならば条件がある」
「条件?」
「私の望んだことをしてもらう」
それは、悪魔の甘言と何が違うのだろうか。
「……お断りします」
僕がそう言うと、王は大仰に言い切った。
「お前が公爵を殺し、魔族を救ったことは調べがついておる。お前を裏切り者として処分することも容易いのだぞ。大人しくしておけばいいものを、余計な正義感なぞ持ちおって」
王が忌々し気に言った。
僕は目の前が真っ暗になった。
悪魔が囁く。
「な?言っただろう?お前を傀儡にし損ねた王がお前の言うことなんて聞くはずがないんだよ」
愚かな僕は、悪魔の言葉に縋りそうになる。
「そんな、人間はここまで腐敗しているというのか?」
「もうよい。お前は反逆者として捕らえて処分する。魔族に肩入れする勇者なぞ要らぬ!」
王がそう言うと、王の護衛に勤めていた兵がこちらに剣を差し出してきた。
本気だ。
本気で僕を殺す気だ。
「やめてください!僕は争いなんて望んでいない!僕はただ、みんなが幸せになれる道を探したいんです!」
王は鼻で笑った。
「ふん。魔王とこちらにあった均衡を崩してこちらが有利になったと思ったのに、お前のやっていることは魔王と変わらぬではないか。早くこいつを処分しろ」
そう言うや否や、兵達がこちらに襲い掛かってきた。
僕は仕方なく、剣を抜くことなく柄で相手をした。
「逃げるぞ!」
人間を殺すわけにはいかない。
「人間も魔族も殺した血濡れた勇者が逃げるぞ!早く追え!」
僕は唇を噛み締めてその場から逃げ去るしかなかった。
魔族と人間が仲良く、なんて夢物語を見た僕は、王城を出て、追っ手を振り切るように人の来ない道なき道を突き進んでいった。
新しい衣類は森の木々に汚され、僕は段々と歩みを止めていった。
もう追っては来ない。
来てほしくなかった。
このままだと、感情のままに剣を振い、殺してしまいそうだったから。
「可哀想になぁ、勇者様。お前は何にも悪くないのに。こんな方まで追いやられて。お前の居場所はどこにもない」
「黙れ」
「分かっているよ、勇者様。今はそっとして欲しいんだろう?大丈夫。もう少ししたら泉がある。そこで落ち着くといい」
そう言って、半ば呆然としている僕の手を引いて泉までやってきた。
「お前、よくここに泉があるなんて知っているな」
泉の水を飲んで一息ついた僕に悪魔が笑う。
「だって、昨日公爵邸で手をなくした魔族を送りに来たばかりだもんな」




