翌日
公爵家からこっそり出る。
けれど、僕がこの屋敷に訪ねて来ていたのは屋敷の使用人達にも知れ渡っていたから僕は公爵殺しでお尋ね者になるだろう。
血の匂いもまだ取れない。
これからどうすべきか……。
そう考えていたのに、一向に御触れも何も出ない。
まるで以前、僕が村民を殺してしまったのが魔物のせいにされたみたいに。
公爵は押し入った強盗に殺されたことになっていた。
何故だ。
僕にはその答えは分からない。
でも、まだ『勇者』を利用したい奴がいるんだろう。
こんな血濡れた勇者になんの利用価値があるのか分からないけれど……。
とりあえず、訳ありの宿屋に泊まって着替える。
もうこの服は着れないな。
上着を処分して、明日新しいのを買おう。
今夜は一人になりたかったから個室を選んだ。
悪魔がいると、その甘言で僕の心がまた乱れるから。
悪魔は側にいない方がいい。
でも、僕を理解して『勇者』じゃない僕を見てくれるのも悪魔だけだ。
このままじゃいけない。
このまま悪魔に依存しちゃいけない。
そう思うのに、ついほんの少しだけ……と思ってしまう。
また指輪が熱くなった気がした。
契約に反応しているんだろうか。
そういえば、なぁなぁにしていたが僕は契約の内容を細かく知らない。
一度悪魔に教えてもらえないと。
それでも今日は疲れたな。
ぬるま湯で浸したタオルで体を拭いて洗ってから宿の寝巻きに着替えた。
硬いベッドは場末の訳ありの宿屋感を存分に出していて、なんだか笑ってしまう。
なんだ。僕はまだ笑えるのか。
そう思いながら、これはまた硬い枕に頭を預けて眠りについた。
翌朝、宿から出ると食堂で朝食を食べてこれからどうするか考えた。
公爵の言う通り、人間が魔族や悪魔を買って甚振っていることが日常的に王侯貴族の間で行われているのなら止めないといけない。
そのためには王に合わなければ。
「悪魔。これから王に会いに陳情しに行くぞ」
「やめとけ、やめとけ。傀儡になり損なった勇者様に構う程、この国の王は遊び心もない奴さ」
「傀儡になり損なった?」
背筋がぞわりとした。
意味を理解しているのにしたくない。
「なあ、勇者様」
朝から肉厚のステーキを食べながら悪魔が問う。
「お前が剣を振う時、救われるのは誰だ?」
その言葉に剣に手を添える。
「僕は……。僕は誰を救えるんだろうな」
自嘲気味に乾いた笑いが出る。
「選ぶのはお前だ」
悪魔は珍しく、真っ直ぐに僕を見た。
「選ぶのは、僕か」
「そうだ。今までも選んできただろう?」
「……ああ。そうだな」
それが正しかったものなのかまだ分からないけれど。
確かに僕は選んできた。
僕の選択でたくさんの命が落とされた。
「あそこにいた魔物達はどうしただろう」
「自分たちの巣穴まで戻ったさ。昨晩、ちゃんと見届けてやった」
意外な悪魔の優しさに目を瞬かせながら感謝する。
「そうか……ありがとう」
僕と悪魔がこうして会話出来るように、魔族や魔物と人間も、分かり合えるかもしれない。
僕は散々切り捨てて来たことをすっかり忘れて楽天的にそう思ってしまった。
「とりあえず、国王陛下に陳情しに行こう」
「まだデザートのプリンを食べていない」
その言葉に思わず笑ってしまった。
「そうか。じゃあ、食べたら行こう」
大丈夫だ。僕はまだ笑える。
そのまま悪魔がプリンを食べるのをぼんやりと眺めて、食べ終えたら休憩としばらく動かないのでこれまた待って、天気がいいと公園で昼寝をして気付いたら昼になっていた。
「何をやっているんだ!悪魔!このままじゃ陽が暮れる!」
「悪魔としては、人間を堕落させるのも仕事だからなぁ」
そう言ってニヤニヤ笑う。
これは完全に遊ばれている。
「もういい!一人で行く!」
「待てよ、勇者様。お前一人で行ってまた頭に血が昇ったらどうする」
「お前がいても何もしないじゃないか」
「俺は見ているだけだしな」
口に弧を描く。
「まったく、これだから悪魔は」
「そう言って、俺がいなくなったら寂しくなるくせに」
図星を指されて言葉に詰まる。
「……そんなことは……」
「あるだろう。まったく、素直すぎて素直じゃない。俺はお前が好きだぜ」
「僕は好きじゃない」
そう言って歩みを進める。
「待てよ、勇者様」
「しつこい!」
「このアイスの金を払ってくれ」
気付くと、悪魔は公園に出店していたアイスクリーム屋からアイスを購入して食べていた。
「この、悪魔!!」
それでも憎みきれないのは何故だろうか。
手間のかかる弟のように、僕は悪魔に親しみさえ覚えていた。
それが間違いだなんて、分かっていたのに。




