公爵邸にて
アズガンダル国中央。
その公爵家に訪れた僕達は、贅の限りを尽くした扉を入り、外観に違わぬ豪華な屋敷の待合室へと案内された。
こういうところには慣れない。
何度も王侯貴族の屋敷には招かれたけれど、未だに緊張してしまう。
しばらく待つと、扉が開かれた。
「やあやあ、お待たせしてしまい申し訳ありません。勇者様!この度は来ていただき光栄でございます」
「こちらこそ、お会い出来て光栄です。公爵」
握手をしてお互い座ると、僕は話を切り出した。
「なんでも毎晩、魔物がご令嬢に求婚なさっているとか」
公爵は溜息を吐いた。
「そうなのです。下手に手出しをして娘に何かあったらと思うとどうすればいいか分かりません。勇者様、なんとかしていただけないでしょうか?」
その願いに、僕は勇者として応えるしかなかった。もとよりそのつもりだったしね。
「お任せください」
「ああ!なんて頼もしい!ぜひお願いいたします!今晩……いえ、問題解決まではこの屋敷へお泊りください」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
悪魔は優雅に肉をナイフで切り取って咀嚼した。
「ああ、ですが一つだけご注意を」
「なんでしょう?」
「地下にはくれぐれもお近付きにならぬように」
僕は首を傾げた。
「地下、ですか?」
「ええ。あそこには不届者を閉じ込めていたりと何かと物騒なのです。どうか、勇者様の安全のために地下にだけはお近付きにならないように、お願いいたしますね」
「……はい、分かりました」
僕は怪しいと思った。
王侯貴族によくある闇。
それがこの屋敷では地下に隠されていると感じた。
あそこまで念を押されて無視するほどお人好しじゃない。
僕は地下への通路を探してようやく隠し通路を見つけた。
階段を降りると、微かに聞こえる複数人の声。
鎖の音。
香で誤魔化しているけれど血の匂い。
これは、何かある。
僕は確信を持って血の出所を探った。
整備された地下通路を歩いて行くと、奥に大きな扉が一つ、そこにあった。
僕は覚悟を決めて気付かれないようにそっと扉を開ける。
そこには、豪奢なドレスやタキシードを着た紳士淑女が思い思いに魔族や魔物を甚振っていた。
あまりに悲惨な光景に思わず目を背ける。
なんだ、今のは。
人間が魔物に害を為しているかのように見えたが……。
「おーおー。悲惨だねぇ」
悪魔が小声で軽口を言う。
もう一度扉の中を見るけれど、中身は変わらない。
魔物の再生能力を活かした拷問。
それでも折れた角。
叫ぶ魔物や魔族。
僕は分からなくなる。
「なあ、悪魔」
「なんだ、勇者様」
「勇者ってのは、なんなんだろうな」
手元の剣を見遣る。
この剣が切るべきはなんなのか。
僕は選択しなくてはいけない。
どんなに辛く長い旅でも流れなかった涙が流れた。
僕は、僕の求めた勇者は、こんなものじゃない。
そっと扉を閉める。
悪魔が問う。
「いいのか?」
一呼吸して覚悟を決める。
いいわけがないだろう。
「待て!そこまでだ!いかに魔族、魔物であろうと過剰な処分は人道に外れる!」
悪魔が口笛を吹く。
「格好いいねぇ。勇者様は」
僕の登場に地下室は騒然となった。
奥から血に濡れた剣を持ったこの屋敷の当主、公爵が現れた。
「ですが、勇者様。これは違法行為ではございません。国王陛下の認可も受けております」
「まさか、そんな……」
一瞬言葉を失い、剣を持つ手が震える。
「それにこれは尋問です。拐われた人々がどこへ連れ去られたのか」
「そうですわ、勇者様」
「確かに、彼らも被害者かもしれない。ですが、吐いてもらわなければさらに人が死ぬ」
口々に正当性が吐かれる。
けれど、この残虐さはそれを上回るものだった。
悪魔は慰めの表情で僕の肩に手を乗せた。
「こいつらも可哀想になぁ。魔王がいた頃はこんな扱いされなかったのになぁ」
悪魔の一言に目の前が真っ黒になる。
魔王は、彼ら魔族や魔物にとっての秩序だった。
「そもそも、魔王がいた頃からお前ら人間はそこら辺の村から人身御供を選んでは魔族や魔物に与えていたんだろう?見返りを要求して」
やめろ。やめてくれ。
言われて、僕はどうしたらいいんだ。
でも、見捨てられない。
決意を決めて公爵を見据える。
「これ以上の蛮行はおやめください」
止めると公爵が困った顔で言う。
「では、次の遊びはどうしましょう」
「貴様……!」
思わず剣の柄に手が伸びる。
指輪が熱くなるのを感じる。
悪魔は相変わらず後ろで見守るだけだ。
公爵を切ろうとして、拷問されていた魔物が言う。
「……勇者、お前は悪くない。だからこれ以上その手を血で染めるな」
「そんな、庇うのか?こんな奴らを!」
「元からオレ達はこんな扱いだった。魔王様がいなくなった今、それが顕著になっただけだ」
そんな。それなら魔王を倒した僕は……。
衝撃でよろめく。
「おっと、大丈夫か?」
崩れ落ちそうになるのを悪魔に支えられた。
「悪魔……」
「悪魔?悪魔と申しましたか?あの清廉潔白な勇者様が悪魔と手を組むなんて!我々と何が違いましょうか!」
公爵が嘲笑う。
「違わないよなぁ、勇者様」
「違う!違う、僕は!」
僕は、とうとう公爵を切ってしまった。
噴き出る血を浴びながら、そこにいた人間全員を切りつけた。
「僕は……。これが僕の正義だ」
そうだ。僕は間違っていない。
勇者は弱者を見捨てない。例えそれが魔族や魔物相手でも。
捉えられていた鎖を外して行く。
「勇者、大丈夫か?」
魔王を退治してから、心配されることは何度もあった。
けれど、まさか魔物から心配されるなんて。
僕が魔王の残滓として魔物を倒していたのも間違いだったのかもしれない。
僕達人間と彼等の命、何がちがうんだろう。




