第7話 「人が集まる声」
──序・澪緒の記録
磐石国、太史府、翌朝。
わたしは記録冊を、大人があの言葉を口にした、あの頁まで繰った。
「もうすぐ。」
その一言を、じっと見つめた。
迷った末、結局その下に、もう一行、書き加えた。
「六つの異なる色の光、おのおのその色を帯び、天より墜つ。磐石国のいずこに散りしか、見定むること、能わず。」
そして筆を置き、窓の外を見た。
朝の光は、ただの朝の光。炊煙は、ただの炊煙。
磐石国は、何ごともなかったように、目を覚ましていた。
*
霓京の城下、藤介の茶館、辰の刻。
賑やかな石畳の上で、蒼鷹は、ぼんやりした目で目を覚ました。
ここは、とにかく、うるさい。
あまり機嫌よくもなく、身を起こす。
まわりは、屋台、行き交う人、牛車。
熱した油に何かを放りこむ音が向こうで弾け、物売りが声を張りあげて値を叫ぶ。
音も、匂いも、いっぺんに押し寄せてくる。
立ち上がると、腰には、折りたたまれた扇が一本あるだけ。
扇を手に取り、くるりと回して、「ぱっ」と開く。
「そう! これだ。」
遠くで、誰かが机を叩いた。
彼は立って、その音のするほうへ歩く。
その音に惹かれていく。まるで、自分の探している答えが、そこで待っているみたいに。
茶館の入り口で、官兵が、店主に向かって、声を荒らげていた。
店主は、髪を風になびかせ、妙に颯爽とした自信をまとっていて、
その、どこから来たのかわからない自信で、いかつい官兵をいなそうとしているが、
官兵には、まるで通じない。
茶館の中は、すでに、騒然としていた。
「上流のやつらが、水を全部せき止めやがった!」
「せき止めなきゃ、今年はみんな飢え死にだ!」
「お上は、まるで知らんぷりだ!」
机が、ばんばんと叩かれる。胸を張って立ち上がる者もいる。場は、今にも崩れそうだった。
戸口で、あの、かすれた、なんともいえない調子を帯びた声が、
「なあ——」
ちょうど、その場の全員を、一瞬、止めた。
蒼鷹が、戸口にもたれ、手には、どこで手に入れたのかわからない紙扇。
店主が、ちらりと彼を見て言う。「あんた……」
蒼鷹は中へ入り、いちばん近い机に飛び乗り、扇を、ぱっと開いた——
全員の視線が、彼に集まる。
「さっきから、外でずっと聞いてた。」
ゆっくりと、歩み入る。
「あんたら、みんな、自分のつらさを語ってる。」
ふっと、笑う。
「それって——みんな、しかたなかった、ってことじゃないか?」
茶館が、一瞬、静まった。
誰かが眉をひそめる。「あんた、誰だ?」
蒼鷹は腰を下ろし、ごく自然に、自分の茶を一杯、注いだ。
「通りすがり。」
ひと口、飲む。
「昔、ある話を聞いたことがある。」
さっきまで言い争おうとしていた者たちが、つい、口を止める。
その声が。あんまり、心地いいから。
「ある村でな、上流のやつは渇いて死ぬのを恐れ、下流のやつは飢えて死ぬのを恐れてた。」
「そいつらが、最後に決めたのは——」
蒼鷹は、扇で、机を、ぱん、と軽く叩いた。
「まず、座って、飯を食うこと。」
二秒の、沈黙。
誰かが、ぷっと吹き出した。「そんな話、あるかよ。」
蒼鷹が、笑う。「世の中、ばかばかしいことなんて、いくらでもあるさ!」
茶館の、張りつめていた空気が、すこしずつ、ほどけていった。
蒼鷹はうつむいて、茶を、ひと口。
ひと段落すると、あの髪をなびかせた店主が、蒼鷹の肩を、ぽんと叩いて、
瓜の種をかじりながら。「なあ、入って茶でも飲んでけよ?」
蒼鷹は、彼をちらりと見た。
店主は懐から、小さな石をひとつ取り出し、机に置いた。
「これ、運が良くなるんだ。撫でてくか?」
蒼鷹は、その小さな石を、長いこと見た。
手を伸ばし、ひと撫で。「ありがとう。」
撫でたところで、本当に運が良くなるのかは、彼にも、わからない。
蒼鷹は隅に腰かけ、手の中の扇を、くるりと回し、置いて、また手に取る。
でも、あの、うまく言えない引力が、彼に、こう思わせた——ここは、正しい。
その頃、山の奥から、遠く、一筋の光が射した。
彼の知らないところで、その言動の記録は、すでに、泰臣の書見台の上に、上がっていた。




