第6話 「胸の光」
ブルースは、もう何人ぶんの荷を運んだか、自分でもわからなくなっていた。
歩きながら、また——「OEOEO——!」
すると、誰からともなく、笑いが起きた。
「あの南蛮人、力、強すぎだろ。」
「なあ〜もう一回やってよ!」
ブルースが、足を止める。
そして——「OEOEO——!」
今度こそ。
本当に、笑ってしゃがみこむ者まで出た。
港じゅうが、わいわいと、収拾がつかなくなる。
荷を運びかけて、ふいに「OEOEO!」
すぐ向こうから「SA! SA!」
遠くで船を直している者まで、つられて叫ぶ。
途中まで運んで、手に荷を持っていることを、忘れる者も。
少し離れたところ。魚籠を抱えた、小さな女の子。
ブルースを、じっと見ている。
小さな声で。「……OEOEO?」
ブルースが、すぐに振り返る。
ものすごく嬉しそうに。「SA——!!」
女の子は、びくっとした。
でも、次の瞬間。
笑いだした。
*
煙嵐山の奥深く、とある天然のくぼ地。
曜吾郎は、岩のくぼみの中から、身を起こした。
硫黄の匂いがした。その目が、ふっと、明るくなる。
立ち上がって、匂いのするほうへ歩く。
湧き水は、岩壁に抱かれた天然のくぼ地に、あった。
熱気が石の隙間からゆっくりと立ちのぼり、水は澄んで、匂いはほのかで、きつくない。
しゃがんで、指先で、水の温度をたしかめる——いい。
その湧き水の中に、笠をかぶった人影が座っていた。静かに浸かっている。ずいぶん長く、ここにいるように。
二人は、三秒、目を合わせた。
その人が、まったく落ち着いた声で言った。「……試してみるといい。」
曜吾郎はしゃがみ、指で、もう一度たしかめて、うなずいた。
ふたたび、沈黙。
二人とも、「あなたは誰だ」とは、訊かなかった。初対面の人間が言うはずの言葉を、何ひとつ、口にしなかった。
曜吾郎は上着を脱ぎ、湯に浸かり、その人と、肩を並べて座った。
また、長い沈黙。
曜吾郎。「……ここには、長いんですか。」
その人。「……来て、まだ間もない。」
曜吾郎の指が、水面で、ひととき止まる。
(来て、まだ間もない……?)
まわりの小屋を見て、その笠の人影を見る。
少し考えて、それ以上は、訊かなかった。
湯加減はいい。住むには、じゅうぶん。ひとまず、ここに落ち着こう。
曜吾郎は、うなずいた。
二人はそうして、見知らぬ山の湧き湯に、肩を並べて浸かっていた——
残ったのは、静けさと、薄い硫黄の匂いと、遠くの鳥の声だけ。
曜吾郎が、もう一度、顔を上げたとき、となりには、もう、誰もいなかった。
小屋の中には、薪も、鍋も、米も、すべて、きちんと、揃えて置いてあった。
誰かが、ずっと住んでいたみたいに。そして、ずっと、誰かが帰ってくるのを、待っていたみたいに。
曜吾郎は、くぼ地をぐるりと見回して、それから、手を動かしはじめた。
うまく言えないが、どこかに、見ている目がある気がする。
さっきの人が、また戻ってくるのか。それとも、ほかにも、誰かいるのか。
ただ——この場所に、一人だけというのは、何か、違う気がした。
山のふもと、太史府の方角で、何かが、ちらりと光った。
最初の一本の薪に、刃を入れた、ちょうどその時——
*
陽が、傾きはじめる。港の風が、冷たくなった。
ブルースは港のはたに立って、また、あの感覚に襲われた。
何かが、ずっと、前のほうで引っぱっている。
自分が何を探しているのか、わからない。
通りを一本越えるたびに、その感覚は、少しずつ、はっきりしてくる。
でも、最後の一本だけが、どうしても、つながらない。
ブルースは少し、胸がざわついて、路地の入り口で、足を止めた。
ゆっくりと顔を上げ、この世界の夜空に向かって、深く息を吸って、もう一度、叫んだ。
「OEOEO……」
蔵書閣で、一冊の古い書物が、ひとりでに、頁をめくる——
ある一行で、止まった。
「六星、再び臨むとき——」
「地脈、ふたたび鳴る。」
*
夜空には、六つの星が、変わらず光っている。
港の灯が、ちらちらと揺れる。
ブルースが、うつむく。
胸の中の、六本の線——
最後の一本だけが、どれだけ探しても、応えない。
ブルースは、その場に立ったまま、長いこと、動かなかった。




