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第4話 「三百年、渇く」

磐石国、煙嵐山の南麓。荒れた田の畦、申の刻のはじめ。


智也が、目を開けた。


残った痺れが、頭のてっぺんから足の裏まで、何かに焼かれたあとみたいに残っている。


立ち上がって、あたりを見回す。


田んぼが、記憶の中の田んぼと、違う。


「枯れてる」


黄ばんだ葉、ひび割れた畦、湿った土がどこにも見えない。


遠くで、いくつかの声が、何かを言い争っている。


首をかしげて、聞く。でも、よく聞こえない。


世間話、という感じじゃない。


すぐそばに、石碑が一つ、立っていた。


刻まれた字は、風化して、ぼやけている。


しゃがんで、目を凝らして、やっと数文字だけ読み取れた。


「刀、縁ある者に贈る」


そのあとに続くはずの名前は、風化して、ただ数本の刻み跡だけ。読み取れない。


深く考えもせず、


視線を、乾いた土に半分刺さった刀へ移す。


鞘は濃い色の漆塗り、藍色の紐が巻きついている。


手を、伸ばす。


柄から、いきなり電流が走りこんできた。


智也は、ぐっと歯を食いしばる。


熱の波が手のひらを伝って、骨の中まで焼きこんでくる。


立っていられないほど、熱い。


目を、閉じる。


骨が焼き切れそうだ、と思った。


思わず、ひと言、悪態が出た。


目が、ちかっと光った。


宙に、弧を一つ、描く。


刀が、危うく飛んでいきそうになって。


それでも最後には、ぴたりと、収まった。


手の中の刀を、見おろす。「……うわ。」


驚いて、そして、笑った。


ちょうど、その時——


そばの草むらが、がさりと動いた。


刀が、また、出ていた。


ぼろぼろの身なりの流れ者が、草むらから顔を出して、


その刀を見て、智也の目を見て、


固まった。


流れ者は、一目散に逃げだした。


智也は、遠ざかるその背中を横目で見て、刀を収める。


何も、言わない。


遠くの炊煙は、まだ、立ちのぼっている。


刀を腰に戻して、人の声のするほうへ歩きだす。


腹が、ぐうと鳴った。


ちらりと腹を見おろして、


歩を速める。表情は、何ひとつ変わらない。


その背後で。


あの石碑が、音もなく、砕けた。


まるで、ずっと何かを待っていた、というように。


  *


町はずれの辻、団子を売る屋台のそばで、


数人のならず者が、老婆を取り囲んでいた。


ただの、いやがらせ。たちの悪い、絡み方。


智也が、歩いてくる。


刀が、出ていた。


ただ、静かに、そこにある。


大きな目で、そのならず者たちを、見ている。


澄んでいて、裏もなく、怒りもなく——


ただ、見ている。


ならず者は、智也を一目、刀を一目。


不服そうに、悪態をつきながら、去っていった。


老婆が礼を言って、団子を押しやる。「……お、お代は、いらないよ。」


智也は団子を受け取り、ひとつうなずいて、礼を言う。


大きく、かじりついた。甘くて、やわらかくて、あたたかい。


食べ終えると、手をぱんと払って、踵を返す。


三歩、歩いて、ふいに振り返って笑った。「……うまい。」


老婆は、その場に立ったまま、


「ほめられた」と「肝を冷やした」の、あいだの顔をしていた。


智也は、もう一度、あの田んぼを見た。


田が、乾きすぎている。


智也は、ちょっと眉を寄せた。なぜ足を止めたのか、自分でもわからない。


結局、そのまま、背を向けて歩いた。


  *


町に入るころには。


空の色が、もう、黄みを帯びはじめていた。


城門の前は、人が多い。


薪を担ぐ者、荷車を押す者、米袋を背負う者、


ありとあらゆる人が、ひとかたまりに押しあっている。


空気に、汗のにおい。


そして、ひどく乾いた、土のにおい。


智也は、ただ、こう思った——


この田んぼ、見てるだけで頭が痛い。


城門のわき。


もとは水路だったらしい場所に、今は、流れたいのに流れきれない水が、わずかに残っているだけ。


子どもが何人か、そのそばにしゃがんで、何かをすくおうとしている。でも、すくっても、すくっても、何も獲れない。


そばで、女が一人、低い声で毒づいた。


「上流で、また水を止めたね。」


別の誰かが、すぐに左右をうかがう。「声、抑えな。」


女は、腹を立てて、それきり黙った。


ただ、うつむいて、空っぽの木桶を、持ち上げる。


智也は、その水路を見ていた。


無意識に、鼻に、しわを寄せる。


そのにおいが、ひどい。長いこと干からびた泥みたいな。


辻を、ちょうど、数人の官兵が通りすぎる。


ずいぶん古い鎧に、腰刀を差して。


腰の刀が、かちゃかちゃと鳴る。


そのうちの一人が、歩きながら言った。「南の柱が、また裂けたぞ。」


別の一人が、声を落とす。


「これ以上裂けたら、神殿のほうが、そのうち何か起きる。」


智也が、ふいに、顔を上げた。


遠くにそびえる、高い神殿を見る。


胸の奥が、ひとつ、つかえた。


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