第24話「まず、飯だ」
霓京の、ある家、巳の刻。
ブルースが、さきに「トウファ」と、声をかけた。
春菜は、隅に座って、手に布を巻き、顔に、青あざが、ひとつ。
「どうして、ここがわかったの」
ブルース。「訊いた」
しゃがんで、手を見て、顔を見て、ちっ、と舌を打った。
春菜が、うつむく。「たいしたこと、ない」
ブルースは、しゃがんだまま、すぐには、離れない。
春菜のほうから、口を開いた。「屋台、なくなっちゃった」
「また、建てればいい」
「どこに、建てるの」
「どこでも、建てられる」
ブルースが、一秒、考えて。「俺が、また建ててやる」
春菜が、顔を上げた。「できるの?」
ブルース。「できない。でも、覚えればいい」
春菜が、つい、笑ってしまう。傷が、すこし、痛んだ。
ブルースが、その笑顔を、見ている。
それから、春菜の笑みが、ゆっくりと、薄れた。
「私だけじゃ、ない。あの通り、何軒も、崩れた。もう官府に言いに行った人もいる。官府は、調べるって。ずっと、そう言って、来ない」
とうに、結果が出ないと知っていることを、話すような。
ごく当たり前に言ったのに、ブルースの胸は、ひとつ、つかえた。
持ってきたものを、春菜のわきに置いて、立ち上がる。
「治ったら、俺の仲間のとこへ、連れてく。あいつの飯、うまいんだ」
春菜が、きょとんとして、何か言う間もなく、ブルースは、もう、行っていた。
春菜は、そこに座って、傷を、もう一度、そっと、なでた。
*
煙嵐山、曜吾郎の小屋、夕暮れ。
六人が、みな、そろうころには、もう、暗くなりかけていた。
曜吾郎が、飯をよそって、めいめいの前に置き、多くは、語らない。
みな、飯を食べながら、当たり障りのないことを、訊きあっている。
食べかけのころ、智也が、碗を置いた。
「今日、あの稲田を見てきた。上流で水を止められて、あの爺さん、今年はおしまいだって。今年は、とくに、ひどい」
瑛子。「神殿のあの柱、裂け目が、前より大きい。いまの速さなら、もう、もたない」
玄墨。「蔵書閣に、いくつか記載がある。磐石国の地脈は、ある場所では、もう長いこと、不安定だ。その記載は、少なく見ても、二百年は、前のものだ」
ブルースが、その碗を見おろして。「あの通りの陥没も、はじめてじゃない。春菜は、官府が調べると言って、ずっと来ない、と言ってた。あの裂け目は、ずっとあって、ただ、誰も、気にしてなかったって」
曜吾郎は、手を止めずに、何も言わない。
だが、もう一杯、飯をよそって、まんなかに、置いた。
蒼鷹が、摺扇を手のなかで、ひとまわしして、置いた。
「こういうこと、俺たちに、何か、できるのか?」
本気で、訊いていた。
玄墨が、すこし、間をおいて。「確かなことは、言えない。だが、私が見た記載では、こうだ。私たちが現れて、あの場所は、すこし、ましになった」
「つまり、俺たちが、いなければ――」智也が、眉を、ひそめた。
玄墨は、その先を、言わなかった。
みな、わかった。
火の音が、静けさのなかで、やけに、はっきりと、聞こえる。
それから、ブルースが、口を開いた。「なら、ここに、残ればいい」
智也。「でも、俺たちは、自分が誰かを、知らない。毎日、これが、完全な自分じゃない気がする。あの刀みたいに――使えるけど、なんで使えるのか、何を表すのか、わからない。ずっと、何か一塊、欠けてるみたいに」
ブルース。「どこでだって、生きていける。問題ない」
智也が、頭を、かいた。「ここはいい。でも、本当の俺じゃ、ない気がする」
瑛子は、何も言わない。
だが、指が、ひとつ、止まった。何かを、思い出したように。
玄墨は、うつむいて、自分の手を、見た。
蒼鷹が、その面々を見て、摺扇を、しまって、そっと、言った。
「まず、飯だ」
曜吾郎が、めいめいの碗に、また、すこし、飯を足した。
みなが、また、碗を、手に取った。
あの問いは、解決していない。
だが、まず飯を食う、それだけは、本当だった。
――第二十五話〈本物〉へ――




