第21話「六つの石」
磐石国、とある書房、同じ夜。
土御門泰臣は、燭の灯のもとに座り、目の前に、あの古い書の残り頁を、広げていた。
何度、見たか、わからない。
あの六角の星の図。六つの、異なる色の光。
何度見ても、最初に見たときと、同じだけ、鮮やかだった。
灯が、ひとつ、ゆれた。
目をこすって、椅子の背に、もたれる。
窓の外、谷のほうは、夜風が、静かだ。
目を閉じたのは、ほんの一瞬――
それから、開いた。
見えた。
六つの石が、かすかに、動いた。
地震ではない。異変でもない――
ただ、その六つの石が、同時に、ほんの少し、震えた。
土御門泰臣の目が、見開かれた。
立ち上がり、机の前へ歩いて、うつむき、その六つの石を、見つめる。
もう一度、見た。
何も、言わない。
驚きから、確信へ。確信から、信じられぬ、という思いへ――
顔を、上げた。
口の端が、ひとつ、動いた。
「……ふっ」
ごく低い、笑い。
ようやく、何かを確かめた、というような。
それから。
笑いが、止まらなくなった。
「は……ははは……」
戸の外で、従者が、立ちすくんだ。
大人が、こんなふうに笑うのを、聞いたことが、なかった。
土御門泰臣は、書房に立って、天を仰いで、笑いつづける――
その笑いには、この数十年、この一瞬を待ちつづけて溜めこんだ、すべてが、こもっていた。
あれほど、長く、待った。
ついに。
頭を振り、目尻をぬぐい、ひとつ、深く息を吸って、腰を、もんで――
それから、戸の外へ、言った。
「茶を、換えてくれ。砂糖を、入れて」
従者。「……はっ」
足音が、遠ざかる。
土御門泰臣は、また、腰をおろした。
その六つの石を、見つめる。
しばらくして。
ひとこと、足した。
「……二匙」
書房のなか、その六つの石は、まだ、かすかに、光っていた。
*
谷、火のそば、深夜。
六人は、火を囲んで、星空を見ている。
火が、ぱちぱちと、爆ぜる。
ブルース。「なあ、お前ら、思わないか――」
止まる。「……いや。うまく言えない」
蒼鷹。「ん」
また、沈黙。
智也が、ふいに、ひどく真剣に言った。
「俺たち、前に、きっとどこかで、こうやって、座ったことがある」
誰も、反論せず、そうだとも、ちがうとも、言わない。
ただ、火だけが、燃えつづける。
曜吾郎が、火に、薪を一本、くべた。
手は、止まらない。
玄墨が、ふいに、口を開いた。
「自分たちの名前すら、知らない。……どうも、筋が通らない」
智也が、あっけらかんと。
「いまのままで、いいじゃないか?」
瑛子が、しずかに、玄墨を見た。
「私の身に起きたことのほうが、おかしい」
「あの者たちは、私を縛りたがっているのに、何かを、私が差し出すのを、待っているようでもある」
誰も、受けて返さない。
谷から、風が抜けて、火が、ふっと、ゆれた。
みな、疲れていて、食材の袋にもたれて、ひとり、またひとり、眠っていった。
火が、だんだん、小さくなる。
玄墨は、まだ、座っている。
うつむいて、自分の手を、見た。
また顔を上げて、ほかの五人を、見る――
玄墨は、長いこと、見ていた。
ブルースは、眠りながらも、食材の袋を、半分、押さえている。
手は、まだ握ったまま。何かが逃げるのを、恐れるように。
智也は、半身、草の蓆から転がり出ている。
足が、わきの石を蹴っても、起きずに、眠りつづける。
蒼鷹は、眠っても、眉根を寄せたまま。
何を考えているのか、何も考えていないのか。
瑛子は、膝を抱えて、隅で、小さくなっている。
背を袋に預け、身を、ちいさく、丸めて。
だが、顔は、おだやかだった。
曜吾郎は、眠ってもなお、さっき薪をくべた木の枝を、手もとに置いたまま。
その手は、いつでも、もう一本くべられるように、擱かれている。
玄墨は、ひとり、またひとりと、見ていった。
それから、低く。
「……おかしすぎる」
誰も、起きない。
「なぜ、こんなに……もとから、知り合いだったように」
智也の「いまのままで、いいじゃないか」を、思い出す。
瑛子の「縛りたがっているのに、何かを待っているようだ」を、思い出す。
あの六つの声が、谷で、ひとりでに、重なった、あの瞬間を。
ブルースが「飯」と言った、あの、ひどく真剣な顔を。
蒼鷹の、あの二本の指が、軽く拍子を刻んだ――まるで、どこを叩くか、最初から知っていたように。
火が、消えかけている。
玄墨は、まだ、座っている。
歯を食いしばって、動かなかった。
その夜は、眠れなかった。
――第二十二話〈帰り道〉へ――




