第19話「手が、知ってる」
離れ離れになった者だけが、「六人で一緒にいる」ことの得難さを、知る。
*
磐石国、太史府、ある朝。
――澪緒の記録。
窓の外、遠い山の向こうに、炊煙が、まだ、ある。
昨日も、あった。一昨日も、あった。
筆を執り、一行、記す。
「六星、何を待っているのか、わからぬ」
筆を置き、その一行を、見た。
長く、思案した。
「あるいは、もう、見つけたのかもしれぬ」
筆を、置いた。
窓の外の炊煙が、細く、まばらに、
朝の光のなかで、ゆっくりと、ほどけていった。
*
煙嵐山の谷、午の刻。
天幕は、張れた。
火も、熾きた。
曜吾郎が、飯を運んでくる。
「飯だぞ」とは言わず、ただ、碗を、ひとつずつ、みなの前に置いていく。
六つの碗が、きれいに、並んだ。
さつまいもは火で焼かれ、山菜はもう皿に盛られ、鶏が一羽、木の枠で炙られている。
みな、自然と、火のそばへ寄っていく。
ブルースが、まっさきに手に取り、うつむいて、ひと嗅ぎ。目が、輝いた。
「いい匂いだ」
そして、もう食べはじめる。誰も、待たない。
智也は碗を取り、まず飯の量を見て、うなずいて、食べだした。
蒼鷹は、ぴんと背を伸ばして座り、碗を手のひらに捧げて、ゆっくりと、ひと口ずつ、味わうように食べる。
玄墨は碗を取り、ひと目見て、何も言わず、ひと口、食べた。
すこし、間。
もう、ひと口。
書を、置いた。
瑛子は碗を抱え、なかの飯を見て、谷の光の角度を見て、框は、作らなかった。
ただ、食べた。
曜吾郎は、いちばん最後に座り、自分の分も、よそった。
六人が、火を囲んで、めいめいに、食べている。
誰も、口を開かない。
だがその沈黙は、気まずさでは、ない。
口を開く必要のない、静けさだった。
ブルースが、まっさきに食べ終え、顔を上げた。
「おかわり、あるか?」
曜吾郎は、振り向かずに。
「ある」
ブルースは立って、自分でよそい、山盛りの碗を持って戻り、座って、また食べる。
智也が、その碗を見て、自分のを見て、立って、よそいに行った。
蒼鷹。「食うの、早いな」
ブルース。「うまいんだよ」
蒼鷹が、曜吾郎を見た。
「どうやって炊くか、なんで知ってるんだ?」
曜吾郎。「手が、知ってる」
三秒、沈黙。
ブルースが、曜吾郎を指さして、瑛子に言った。
「こいつ、『手が水を知ってる』って言ってたのに、今度は炊き方も手が知ってるってさ」
瑛子は、曜吾郎の手を見て、うなずいた。
「筋は、通ってる」
曜吾郎は、何も言わず、飯を食べつづける。
玄墨が碗を置き、咳払いを、ひとつ。
「……うまい」
言うと、また、書を手に取った。
曜吾郎が、ちらと、見た。
ありがとう、とは、言わなかった。
ただ、耳が、すこし、赤かった。
*
煙嵐山の谷、未の刻。
食べ終えた。
「次は何をする」と、誰も、言わない。
ブルースが立ち上がり、谷の奥へ、歩いていく。
どこへ、とは、言わない。
智也が、小走りで、ついていく。
二人の声は、すぐに、茂みの向こうへ、消えた。
蒼鷹は、大きな岩を見つけて、腰をおろした。
摺扇を、ひらく。
谷の風に、ひとあおぎ。
また、閉じる。
しばらくして。
今度は、瑛子に向けて、扇をひらいた。
また、閉じる。
瑛子が、ちらと、見た。
反応は、ない。
蒼鷹が、もう一度、ひらく。
玄墨が、そばで、見ている。
見せて、遊んでいるのだ。
またひらく。
また閉じる。
自分でも、何をしているのか、わからない。
玄墨は、もう十分見た、と思ったか――
火から少し離れたところに、平らな石を見つけ、書を膝に広げて、読みはじめた。
二枚、めくる。
また、戻す。
もう一度、めくる。
別のことを、考えている。
だが、それが何かは、うまく言えない。
瑛子は、谷の縁に立ち、遠くの稜線に向けて、片目を閉じた。
指で、框を作る。
雲の切れ間から、光が落ちて、向かいの山の、ある角度に、ちょうど、当たった。
長いこと、立っていた。
動かなかった。
曜吾郎は、碗を洗い、鍋を片づけ、食材の袋を、結びなおした。
それから、谷を、ぐるりと見た。
茂みの向こうから、ブルースと智也の声が――
「おいおいおい、ここにも湯があるぞ!!」
低い茂みに隠れた、谷の、天然の湯。
「うそだろ――!!」
それから、駆ける音。
蒼鷹が、顔を上げた。
玄墨が、書を閉じた。
瑛子が、手を下ろした。
曜吾郎が、その方を見て、立ち上がり、手を、ぱん、と打った。
「行こう」
――第二十話〈湯と、声〉へ――




