第17話「そりゃそうだ」
馬車が、がたごとと、谷へ向かう。
六人は、後ろに、ぎゅう詰め。
食材が、まわりに、積まれている。
誰も、口を開かない。
のんびりして、これといって、何も、ない。
そのとき、誰かが、ふっと、笑った。
理由は、ない。
つられて、二人目も、笑った。
それから、三人目――
しまいに、六人が、みな、笑っていた。
何がおかしいのか、誰も、わからない。
曜吾郎が、馬を駆りながら、振り向かずに。
「どうした?」
ブルース。「わかんね」
また、笑う。
「いまの、誰かの声、屁みたいだったぞ」ブルースが、笑いながら言う。
すると、また誰かが、口で、わざと「ぶっ」と鳴らした。
二人目が、高い音で「ぷっ」。
つづいて、誰かが、すごく低い音で「ぶうぅ」。
笑いが、ぐちゃぐちゃに、はじけて、屁の音が、あちこちで、上がる。
曜吾郎は、三秒、あきれて――
口の端が、ほんの、ほんの少し、動いた。
「ぷっ」
そのまま、馬を駆る。
ほどなく、ブルースが、また、いたずら心を起こす。
蒼鷹が、ブルースに言った。
「もっと、まともなこと言えよ!」
ブルース。「腹が減ったら、飯を食う!」
智也が、すかさず。
「そりゃそうだ! そりゃそうだ!」
「眠くなったら、寝る!」
全員。「そりゃそうだ! そりゃそうだ!」
蒼鷹が、笑いながら。
「馬が歩けば、音がする!」
全員。「そりゃそうだ! そりゃそうだ!」
玄墨が、一秒、黙った――
みなが、待つ――
玄墨が、ひどく真剣に、口を開いた。
「本は、読むためにある」
全員。「そりゃそうだ! そりゃそうだ!!」
ブルースが、玄墨を指さして、笑い転げる――
「そんなに考えて、それかよ!!」
玄墨。「これが、いちばん、まともな一文だ」
蒼鷹は、もう、こらえきれない。
曜吾郎が、馬を駆って、振り向かずに――
「馬は、道を行くためにある」
全員が、一秒、固まった。
それから、爆発した。
「そりゃそうだ! そりゃそうだ!!!」
曜吾郎の口の端が、ほんの、ほんの少し、動いた。
馬車は、ゆれながら、谷へと、進んでいく。
笑い声が、遠く、山へ、散っていった。
*
煙嵐山の谷、午の刻。
谷に、着いた。
ブルースは、薪を、探しにいった。
智也は、天幕を張るのを、手伝うと言った。
蒼鷹は、火の熾し方を、あれこれ考えている。
玄墨は、そばで見ながら、ときどき、ひとこと。
「理論上は――」
瑛子は、しずかに、光の角度を、見ていた。
ほんの少し、目を離して、振り返ると。
天幕は、もう、張れていた。
曜吾郎が、そのわきに座って、手を止めずに、菜を切っている。
ブルース。「もう? 早いな?」
曜吾郎。「ほんの、少しの手間だ」
三秒、沈黙。
智也。「あと、何を手伝えばいい?」
曜吾郎。「わからない」
蒼鷹が、火の燃えているのに、気づいた――
「おい、いつ火を熾した?」
曜吾郎。「さっき」
蒼鷹。「俺、ずっとそばにいたぞ」
曜吾郎。「ん」
蒼鷹。「……火を熾すとこ、まったく見てない」
曜吾郎。「ん」
ブルースが、頭をのけぞらせ、曜吾郎の腰をつかんで、持ち上げた。
「OEOEO――!!!」
谷じゅうの鳥が、いっせいに、飛び立った。
曜吾郎が、大笑いする。
「下ろせ――!」
ブルースは、すっかり、はしゃいでいる。
曜吾郎を抱え込んで、何もさせない。
蒼鷹が、ようやく、口を開いた。
「もういいだろ……飯、食わない気か!」
曜吾郎が、やっと、地面に下ろされた。
谷に、笑い声が、まだ、続いている。
――第十八話〈みんな、いる〉へ――




