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第15話「同じところへ」

第15話「同じところへ」


序・澪緒みおの記録


磐石国ばんせきこく太史府たいしふ、とある朝。


記録を、新しい一頁にめくる。


窓の外、遠い山のむこうに、炊煙が立ちのぼっている。


筆を取り、一行、書きつけた。


「数日前の六星ろくせい、すでに、同じところへ向かいはじめた」


筆を置き、その一行を、長いあいだ、見つめた。頁は、めくらないまま。


それから、その下に、もう一行。


「各々の意か、それとも、もっと古い何かが、彼らを連れてゆくのか」


  *


第一幕・港の石椅子


霓京げいきょうの港、辰の刻。


玄墨げんぼくは、太史府の門を押し開けた。


朝の冷えが、襟もとに流れ込む。


敷居の前で、ずいぶん長く、考えていた。


両手をこすり合わせ――


踏み出した。


港べりに、石の椅子が、ずらりと並んでいる。


玄墨は歩いてきて、腰を下ろし、港をながめた。


潮の匂いが、頭を、すこしずつ醒ましていく。


何も言わず、これといって、することもない。


ただ、足が、ここまで連れてきた。


となりの石椅子に、もう一人。


蒼鷹あおたか


ずっと前から、そこに座っていたらしい。


二人、それぞれに、黙っている。


それから蒼鷹が、玄墨を、まっすぐ見た。


ただ、そうやって、見ている。


そして――ぷっ、と噴き出した。


玄墨は、わけもなく笑われて、顔を向けた。


「おい、もういいだろう」


蒼鷹。「ふふ」


少し、止まって。


「すまん。なんというか――」


考えて、言った。


「俺たち前世で、きっとこうやって、大笑いしたことがある」


玄墨は、一秒、黙った。


それから、ひどく納得した、微笑を返した。


何も言わない。ただ、その微笑だけ。


二人とも、しばらく黙って、山のほうを見た。


炊煙が、どこかから、ほそぼそと、立ちのぼっている。


蒼鷹が、長い脚を伸ばす。


「あそこまで、歩いてみないか」


玄墨は立ち上がり、衣の埃を払った。


「行く」


蒼鷹が、慣れた手つきで、玄墨の肩に腕をまわす。


玄墨はちらと睨んで、「ああもう」と、肩で振りほどいた。


蒼鷹は気にもせず、また、腕をのせる。


玄墨が、また、振りほどく。


蒼鷹が、はは、と笑って、また、のせる。


玄墨はあきらめ、口をへの字に、横目で睨んで、黙認した。


次の瞬間。


玄墨が、ふいに身をひるがえして、走り出した。


笑い声が、港べりに、残る。


そうして、じゃれ合いながら、山へ登っていった。


  *


第二幕・六人、集まる


煙嵐山えんらんざん曜吾郎ようごろうの秘湯の基地、巳の刻。


曜吾郎は、薪を支度している。


智也ともやが、ブルースに刀を見せていた。


振りが速くて、光が一筋、走る。


ブルースは、すごいなと声を上げ、見よう見まねで、振ってみる。


智也は、笑って、それを見ていた。


瑛子えいこが、現れた。


智也とブルースを見て、この場所を、ひととおり見て。


指で、無意識に框を作り、その景色を、収めた。


曜吾郎は、振り向かず。


「来たな」


瑛子。「ん」


場所を見つけて、腰を下ろし、膝を抱えて、遠くの山を見た。


ブルースが、瑛子のそばに寄る。


昨夜、傷つけられていないか、たしかめるように。


わざと軽く、笑った。


「ちゃんと、まるごと無事だな。よかった」


瑛子は、うつむいて、ぷっと笑った。


どこかへ、ようやく帰ってきた、というように。


うまくは、言えない。


ただ、帰りたかった。


だから、帰ってきた。


山風が、小屋を吹き抜ける。


  *


侍女が、瑛子のいないことに気づき、慌てて土御門泰臣つちみかど・やすおみに報せた。


泰臣は、茶碗を置いて、しばらく黙った。


「行かせてやれ」


立ち上がり、窓辺へ。霓京城の方角を、ながめる。


遠い山のむこうに、炊煙が立っている。


ほそく、まばらに――誰かが、山で火を熾したように。


その炊煙を見たまま、すぐには、振り返らなかった。


思っていたより、長く、立っていた。


それから、口の端が、動いた。


「あの六人が、何をやらかすか、見ものだ」


指が、窓枠を、とん、とん、と叩く。


書案にもどり、あの古籍の残り頁をひろげた。


六角の星の図。六つの異なる色の光が、黄ばんだ紙に、静かに刷られている。


指が、図のへりで、止まった。


触れはしない。


ただ、そこに、止めている。


机の角の、六つの石が、この一瞬、ごくかすかに、震えた。


ほとんど、感じ取れぬほどに。


だが、泰臣は、感じ取った。


腰を揉み、向き直り、また残り頁に目を落とす。


口の端には、まだ、あの弧が残っていた。

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