第12話 「迷子の手」
**第二幕・神女、街へ出る**
白鷺神殿、巳の刻。
瑛子は神殿の戸口に立ち、外の通りを見ていた。
「出かける。」
神官が、一瞬固まった。
「お出かけ……ですか。」
そばの侍女が、すぐに声を落とした。
「土御門様に、お伝えしてまいります。」
「誰も、ついてくるな。」
神官が戸惑う。
「ですが——」
*
土御門泰臣は、それを聞き終えて、しばらく黙った。
腰を、揉んだ。
従者が、言葉を待っている。
「行かせてやれ。」
泰臣は茶を手に取り、一口飲んで、眉をひそめた。
「淹れ直せ。砂糖を入れて。」
「はい。」
泰臣は茶碗を置き、あの古籍の残り頁に目を落とした。
彼には、彼の思惑がある。
それに——
あの六つの異なる色の光が、いったい何なのか。
その目で、見てみたかった。
「ここ数日、城の動きを、残らず調べ上げよ。」
頭の癖毛が、いっそう乱れて見えた。
*
瑛子は男装に着替え、神殿を出た。
濃い色の羽織。半ば束ねた長い髪。袖口は清潔で、指が、美しい。
戸口に立ち、外の通りを見る。
指で框を作り、片目を閉じて、その景色を、収めた。
馬車が石畳を踏んで、かたかたと鳴る。
通りの人々が、知らず知らず、少しだけ道を空けた。
道端の老婆が、隣の者に言う。
「あれは、どこのお坊ちゃんかしらね。」
隣の者が答える。
「さあ。だが、ずいぶんと、お綺麗な。」
瑛子は、まっすぐ歩いていく。
そのまま歩き続ければ、何かの答えが、ゆっくりと浮かび上がってくる——そんなふうに。
そして、ある曲がり角で、ふと足を止めた。
まるで、誰かが——
たった今、そこを通り過ぎたかのように。
*
**第三幕・迷子の手**
霓京の城、街路、午の刻。
智也は、街をぶらついていた。
この角を通るのは、今日これで二度目だ。
あたりを見回す。左、右。どちらも同じに見えて、どちらも違って見える。
顎を、動かす。
適当に、どちらかを選ぼうとした、そのとき——
誰かが、ぶつかってきた。
尻もちをついた智也が顔を上げると、一本の手が——
その手は、ごく自然に、差し出された。
知らない相手だ。
だが手が伸びてきたから、智也も、手を預けた。
光が、通り一面に降りている。
二人はそのまま、手をつないで、歩き出した。
智也は、どこへ行くのか知らない。相手も、明らかにわかっていない。
だが、その歩き方が、知っているように見えた。
二つ三つ、路地を抜けたあと。
「どっちに行くか、わかってんの?」
「いや。」
「ふうん。」
しばらく歩く。
「じゃあ、おれたち、どこ行くわけ?」
瑛子は足を止め、左右を見た。
指で、無意識に框を作り、前方の分かれ道に、合わせる——
「……そっちの道のほうが、光がいい。」
智也はその道を見て、それから相手を見た。
「あっち?」
「うん。」
智也は肩をすくめた。
「いいよ、行こ。」
——なんだこれ、めちゃくちゃ面白いな。
*
二人は、霓京の城を、楽しげに巡った。
正確には、智也が新しい路地を見るたび、やたらと興奮して飛び込んでいくのだ。
「ここ、見たことない!」
突っ込む。
瑛子は後ろをついていき、黙って見上げる。軒先を、壁を、光の落ちてくる角度を。
「左。」
智也は、まるで疑わない。
「おう!」
二分後。
行き止まり。
智也は、目の前を塞ぐ板壁を見て、二秒、固まった。
それから、振り返る。
瑛子は後ろに立って、静かに、見直していた。
「……右。」
「おう!」
また、突っ込む。
三分後。
また、行き止まり。
今度は壁すらなく、その先はどこかの家の物干し場で——
濡れた布巾が一枚、ちょうど智也の顔に、ばさりとかかった。
「ぶはっ!!」
瑛子は笑って、その布巾を智也の頭から取ってやった。
智也は顔を拭く。怪我はない。むしろ、いっそう楽しそうだ。
「もう一回、まわる?」
瑛子は、三秒、黙った。
それから手を上げ、宙に、框を作る。
片目を、閉じる。
前方の空に、合わせた。
「……あっちの光のほうが、いい。」
智也の目が、ぱっと輝いた。
「おう!」
夕日が、ちょうど路地の隙間から射し込み、傍らの割れた木桶と、風に散る水滴を照らしている。
瑛子は服の埃を払い、その夕日に照らされた壁を、じっと見た。
「……いい構図だ。」
智也は瑛子の後ろに寄って、一緒にその光を見上げた。
数秒、静かになる。
二人は、ちょうど向き合う形になって——
「……ほんと、けっこうきれいだな。」
瑛子が、うなずく。
*
二人が光を見ていた、そのとき——
瑛子が、低く、ひとつの旋律を口ずさんだ。
「……ん——」
智也も、なぜかその拍に、合わせられた。
思いがけず、ぴたりと。
遠くから、ふいに——
「OEOEO——!!!」
智也は、はっと我に返った。
「あ、あの声!」
そのまま、駆け出す。
瑛子は半拍遅れて、夕日を一度見てから、追いかけた。
二人は路地を抜け、石段を踏み、店じまいの屋台のあいだをすり抜けていく。
智也はずっと、「あっち!あっち!」と、勘だけで突っ走る。
瑛子は、ずっと黙って、覚えていた——
左に酒屋、右に茶館、三つ目の角に割れた石灯籠、五つ目の路地に、いい影。
*
茶館の、戸口。
ひとりの男が、思わず、半歩、前に出た。
蒼鷹は——
…………。




