理由
図書室で文美を引っ張り込んだ悠新。息を切らしながら「なんで死のうとしたんだよ! いじめられてるわけでもないのに!」と、自分の境遇を引き合いに出して、つい声を荒らげてしまう。
しかし文美は、怒るでもなく、ただひどく冷めた、空っぽの瞳で悠新を見つめる。
文美: 「いじめられてなきゃ、死んじゃいけないの?
彼女の家庭は平穏で、学校でも誰かを怒らせないように「普通のいい子」を演じている。成績も普通、容姿も普通。
でも、彼女の心はとっくに限界だった。
誰の記憶にも残らないような会話、波風を立てないための愛想笑い。
この先、なんとなく進学して、なんとなく就職して、なんとなく歳を取っていく。その「あらかじめ決まった、変化のないレール」を何十年も歩まされる未来を想像した瞬間、目の前が真っ暗になった。
「私が明日いなくなっても、教室の席が一つ空くだけ。世界は1ミリも変わらない。私は生きてるんじゃなくて、ただ息をして消費されてるだけだ」
文美にとって、その「平凡な毎日」は、じわじわと部屋の酸素が抜けていくような、透明な窒息死へのカウントダウンだった。
文美の告白を聞いた悠新は、激しい混乱と、どこか理不尽な憤りを覚える。
(ふざけるな。俺は毎日、名前を呼ばれるだけでビクビクして、机に落書きされて、必死に耐えてる。お前が『退屈』だと切り捨てたその普通の日々は、俺が死ぬほど欲しかったものなのに……!)
悠新にとって、文美の絶望は「贅沢な悩み」のようにさえ思えてしまう。決定的な断絶。しかし、文美の「でも、本当に苦しいの」という涙は、決して嘘や演技には見えなかった。
一触即発の空気の中、悠新のポケットでマロンが声を出す。
マロン: 「悠新の痛みは文美に分からない。文美の痛みは?」
マロンの言葉に、悠新はハッとする。
理由は違えど、2人が『シノクニ』という死の底で出会ってしまった事実は変わらない。
文美は「……明日からは、普通を演じるのもやめる。学校、サボっちゃおうかな」と、少しだけ自嘲気味に笑う。悠新は、彼女の絶望をまだ完全には理解できないけれど、「じゃあ、俺もサボる」と返す。




