第10話:Process2[久しき銀狼]Flow4
「え~! アタシの魔術で子供のフリして『ゆーかいはん』を呼ぶの!?」
ウチの工房の控室、俺とスコットの提案を受けたプリシラは、当然の反応を示していた。
「いや、それが……汝ではなくて〝アホ毛様〟の方に頼みたいのだ」
「え、〝アホ毛様〟に?」
「そうだ」
そんな俺たちの会話を聞いているスコット。その目はプリシラの頭で踊っている(多分)、〝アホ毛様〟こと謎の動くアホ毛に向けられている。そんで唖然としている。無理もない。
「あ、あの、シリウス様。この髪の毛は一体……」
「違うよー、スコさん。『シリウス』じゃなくて『リーくん』だよー」
プリシラは俺の立場ってものを理解していないらしい。このカッコしてる時は『シリウス・カリバー』って呼べってちゃんと言っといただろうが。
「ほら、スコさん。『リーくん』だよ。はい!」
「リ、リーくん様……」
スコット は こんらん している!
そう、俺がこいつらに期待していたのは、こうやってシュラーを混乱させて――
いや、スマン。リガルさんジョークだ。
しかし、俺はアホ毛様なら幻覚魔術を、しかも魔術の痕跡を感じさせずにつかうことができるだろうと考えている。オルデンブルクの事件の時にこいつが催眠魔術を掛けたことがあったが、その時の魔力制御能力がすさまじく高かったからだ。
なんでそれをバールーフが知っていたのかは、この際無視しよう。アイツのことは常識に当てはめて考える意味はない。
プリシラは自分の頭上、アホ毛様に尋ねる。
「アホ毛様―、だいじょぶ?」
するとアホ毛様は【魔力ペン】をプリシラから受け取り、
『任せときんしゃい!』
だってさ。なんでアホ毛様のノリってちょいウザなんだろ。ま、いっか。
そして、シリウスの復活で沸き立っていた騎士団にさらなる話題が提供されることとなった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の夜、早速囮捜査が開始された。
騎士団のなるべく小柄な女性隊員に、アホ毛様が幻覚魔術を掛ける。
そしたら、あら不思議。この街一番の服職人の長女に早変わり。
でも幻覚なので、本当の体つきや体重は変わらない。さらおうとして抱えたらシュラーも気づくだろう。
しかも今回失敗したら2度目は通用しない可能性も高い。
しかし、捜査に進展がない今は迷っている場合ではないと騎士団は判断した。
夜の商店街を歩く、幻覚の少女。
そして周囲を警戒する俺たち。
といっても、俺たちがシュラーに見つかっていては意味がない。人数は少なくなるが、透明化の魔術が使える騎士や、隠密に長けたメンバーでの作戦になった。
俺も当然参加している。さすがに【銀狼の鎧】そのまんまだと目立ちすぎるから、ちょっと軽装にしてマントとフードかぶってるけどな。
ていうか、俺の場合見つかる見つからないよりも、【棄却】がでるほうが問題なんだよなー。まあ、エニアにまた収納錬装具と【仮面剣】を借りてるから大丈夫だと思うけどな。
しかし、周りは緊張しているってのに、俺だけリラックスしてないと戦えないって、なんかイヤだなー。
俺は夜風に交じる、騎士団の放つ刃のような緊張感をあえて無視しながら、シュラーの姿を探した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
どれほどそうしていただろうか。1時間か、2時間か、はたまた5分しか経っていないのか。とにかく、騎士団の緊張感が限界まで張りつめていたときだ。
さあっ、と風が吹いた。
それとともに、来た。
少女に化けた女性騎士の後方の路地から、影がその手を伸ばしたように、一人の人物が飛び出した。
「かかれ!」
スコットの号令。一斉に動き出す騎士たち。
そしてそれよりも一歩も二歩も先を行く俺。
その人物も俺の姿を捕えた。
二人同時に剣を抜く。
あちらは長剣、こちらは大剣だが、俺の方が剣速が速い。
しかし相手は俺の挙動を見た瞬間に、迎撃ではなく完全な防御に切り替えた。
夜の街に、鋼鉄同士がぶつかる火花。
その光に照らされた顔を見て、スコットが叫ぶ。
「彼がシュラーです! シリウス様!」
やっと会えたな、親父さんよ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
夜の街で交錯する、俺とシュラーの剣閃。シュラーを捕えようと一斉に飛び出した騎士たちはその凄まじさにひるんでしまったようだった。
それでも俺たちが斬りあっている間に、シュラーの背後から3人の騎士が飛びかかろうとしている。
しかし、シュラーは落ち着き払ったものだ。俺は嫌な予感がした。
「退がれ!!」
俺の警告も空しく、シュラーに斬りかかる3人。それに対し、シュラーは着ていたマントを脱ぎ捨てて3人の剣をまとめて薙ぎ払うように振るう。
それだけで3人の剣はマントに絡めとられ、上方に捌かれてしまう。
上手い。決闘で使うような技だ。しかも3人まとめてとは、その技量がうかがえる。もしくは、マントに鉄線でも縫い込まれていたか。いずれにしても、強い。
そして一閃。
「ぐッ!?」
「ううッ!!」
「がぁッ!?」
3人の騎士はまとめて斬り伏せられる。騎士たちは音が出ないように軽装の革鎧とかにしていた。だから3人の体からは鮮血が飛び散った。
それを見た瞬間、マズいと思った。
「くっ……!」
心臓に刺すような痛み。騎士たちの血を見たことで【棄却】が発動しかける。
落ち着け、あのくらいなら即死はしていないだろう。治療してやれば死ぬようなことはない。
だが、俺の動きはいっとき鈍ってしまった。
そしてシュラーの鮮烈な一撃は、後続をためらわせるには十分な効果があったようだ。
その隙にシュラーは身を翻し、路地裏の闇へ吸い込まれるように逃げに転じた。
後を追えたのは、俺だけだ。
シュラーは壁を蹴り、屋根へ登り、また路地へ降りを繰り返し、縦横無尽に駆けていく。
その背中に、俺は思わず叫んでしまった。
「シュラー、もう止めろ! メイをこれ以上苦しませるな!」
しかしシュラーからは何の返答もない。俺の言葉が聞こえているかどうかも怪しいくらいに反応がない。
なんだか幽霊でも追っているかのような時間が過ぎていったが、俺はようやくシュラーの隠れ家らしきところまで追いかけることができた。
そこは、街の外れ、貧民街のさらに外れにある廃教会だった。
そして中に足を踏み入れた俺が見たのは、誰もいないベッドを中心に複数のベッドが置かれ、そのうえで子供たちが眠っている光景だった。そのうちのひとりはやたら豪奢な服を着ている。おそらくエレオス殿下だ。
その、誰もいないベッドに寄り添うようにひざまずいているシュラー。
「ああ……テッド、ごめんよ……今日はお友達を連れてこられなかったよ……お前が好きな服を着られるようにしてあげたかったのに……」
そんなことをぼそぼそと口にしている。だが、俺が後から入ってきたことにも気づいているはずだ。
「かわいそうなテッド……私の過ちのせいで、お前をずいぶん苦しめてしまった……」
シュラーはゆるりと立ち上がる。
「だけど、だけどね……私はこんどこそ間違えない……」
夏の夜にしては冷えた風が廃教会に強く吹き込み、シュラーのフードがはぎとられる。
「お前があの世で笑顔で暮らすために……」
月光に照らされたその顔。
「必要な友達は全て連れて行ってあげるからね……」
黒い短髪の、精悍な顔立ち。
「だから、少し待っていてくれ、テッド」
しかし、決定的に生気がない。死にながら生きているようだ。
そしてシュラーは、またぼそぼそと呟く。
「今、邪魔をする悪い狼さんをやっつけてしまうからね……」
シュラーは再び長剣を構えた。
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