第3話:Process1[導かれた少女]Flow3
さて、昨日はかわいそうな少女の犯した罪をプリンカップのごとき広く深い心で許した俺ことリガルさん。その心はすがすがしかった。きっと俺のおかげで世界は少し平和に近づいただろう。武器屋の店頭に座る俺はそう思う。
そして平和な世界では武器屋が少しサボることは論理的に許される。この疑いようもなく建設的な睡眠欲に導かれ、客足が途絶えたタイミングで俺が惰眠を粛々と貪ろうと思っていた時だ。
エニアのヤツが控室から店側に飛び込んできた。
「リガルさん! 大変です!」
「後にしてくれ。俺は今比類のない神々しいような瞬間を迎えつつあってだな……」
「そんな昨日の会話文をコピペしたようなこと言ってないで、これ見てください!」
エニアは一発ピコハンで俺を叩くと(叩く必要ある?)、バサッと何かを見せてきた。
新聞だ。今日のか? とりあえずエニアが示したそれを見てみると……
「んん!? 第四皇子の子息が誘拐!? マジか!!」
一面にでかでかと書かれたその記事は、このシデロに住む第四皇子の息子、まだ年若いエレオス・ティス・サルティヴ殿下が何者かにさらわれたというものだった。まだ身代金の要求などはないらしいが……。
「騎士団の護衛とか見張りとかいたはずだろ……? なんでこんな……」
「わかりません……新聞によると、当時はこのシデロの騎士団一の腕前を持つ人が護衛に付いていたらしいんですが……」
エニアもまだちょっと事態が飲み込め切れていないみたいだ。
「複数だったのか?」
「いえ、すっごく強かったみたいですけどその騎士の方が意識不明なのでわかりません。深手を負わされてしまい、今は治療中だと……」
「よかったな。じゃあお前は絶対に犯人じゃない」
「そうですね。私はすっごく弱……ってそうじゃなくて!」
エニアはピコハンを使ってノリツッコミをしてくる。お前、やっぱりそのピコハン気に入ってるだろ?
「まあ確かに、そんな冗談はおいといて。これ、例の児童連続誘拐事件と同じ犯人ってことか?」
「そうかもしれませんね……推測しかできませんけど」
「そうだな、手がかりがまだ少なそうだ」
新聞によると、エレオス殿下を無事に発見するため、恥を忍んで市民に情報提供を呼び掛けている。有益な情報には報奨金も出るらしいが……果たしてうまくいくやら。
「リガルさん。【SABER】の方に情報とか来ていないんですか?」
「いや、来てない。もしかしたらこれから来るかもしれないが……」
「う~ん……そうですか……早く見つかるといいんですけど」
「そうだな……なあエニア。午後休み取っていいか? ちょっと孤児院の様子見てきたいから」
「分かりました。子供たち、怖がっているかもしれませんからね」
「まあ、あいつらは俺のことヘタレ冒険者だってナメてるけどな」
「ふふ、きっとそんなことないですよ」
そんなわけで俺は、昼食のあと孤児院の様子を見に行くことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
が、結局孤児院の子供たちは元気なものだった。
児童連続誘拐事件のことを知らないわけじゃない。ちゃんと職員のおばちゃんたちから聞いている。しかし、
「だいじょーぶだよー! きっとシリウスがたすけてくれるから!」
なんて信じてる子が多かった。心苦しきなり。
他の子は、
「『ゆーかいはん』が来たら、オレがぶっとばしてやるぜ!」
と息巻くロイ。
「さらわれた私をリガルが颯爽と助けに……激しくアリだわ!」
といつも通りのクララ。
「さらうだけで何も動きがない? 犯人の狙いは一体……?」
なんて考えているのは真面目なサウルだけだった。
まあ、確かにこいつらに手を出したら俺は黙っているつもりはない。この街全ての建物を斬りつぶしてでも犯人を見つけてやる。
ってちょっと物騒なこと考えちゃったけど、とりあえず子供たちは元気そうでよかった。
それを確認出来て安心した俺は、孤児院の雑用を手伝うことにした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
孤児院から帰るころには、もう夕方だった。
茜色に染まる噴水広場には、普段ほど人がいない。代わりに巡回している騎士の姿を見かける。やはりエレオス殿下の誘拐が影響しているのだろう。
その噴水の周りのベンチで、俺は見覚えのある小さな人影を見つけた。
昨日の万引き少女、メイだ。
ひとりぼっちで座っている。
泣き腫らしているらしく、目元が赤くなっているのが見えた。
……この子、誰かに相談とかしてないっぽいな。もしくは相談して怒られでもしたのか? 昨日は伯母さんが面倒見てくれると思ってちょっと安心してたんだけどな。
結局俺はその子、メイを放っておけず、おせっかいをすることにした。
「隣、座っていいか?」
「――ッ! 昨日の……店員さん……」
びくっとして、怯えた顔で俺を見るメイ。
まずいな、まずは安心させないと。
「大丈夫だって、もう怒ったりしないから。それよりもどうした? こんなところに、ひとりで?」
「………………」
俺の言葉には反応せず、うつむくメイ。
こういう時は根気の勝負だ。相手が話したくなるまでじっと待つ。
「………………」
「………………」
どれくらいそうしていたか、夕暮れが闇に引きずりこまれかけた頃、メイはやっと口をきいてくれた。
「…………お父さんが…………」
「うん。お父さんがどうした?」
「昨日から、帰ってこないの。メイ、ずっと待ってたのに、全然、帰ってこなくて…………」
「お父さん、何も言わずに出てっちゃった?」
「うん……」
「そっか、怖かったな」
こくん、と力なくうなずくメイ。
「……うん、怖い……ひとりは、イヤ……」
「昨日の伯母さんはなにか知らないのか?」
「わかんない。メイ、あの人キライ。なんか、こわいの……」
「なにかされたのか?」
「……ううん。でもあの人、メイを見る目が優しくない。お父さんと違う……」
「そっか、それでひとりだったのか。寂しかったな」
「うん……寂しい……」
メイがそう言ってうつむくと、また少し沈黙が下りる。
俺はメイが話し出さないことを確認してから提案した。
「なあ、あたりも暗いし、お家帰らないか? お父さん、帰ってるかもしれないぜ?」
「お父さん……帰ってるかな?」
泣き腫らした目で俺を見上げるメイ。
「さすがに俺にはわかんねえけど、とりあえず一度行ってみようぜ」
そういって俺は、メイを促すように先に立ち上がった。
メイは、素直に立ち上がってくれた。
「私のお家、こっち……」
そして、俺の服の裾をつかんで、歩き出した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
そうしてメイに案内されたのは、やっぱりちょっと裕福そうな、小さめの屋敷と言える家だった。狭いけど、庭もある。
ただし、庭木の手入れが全然されていない。
「なあメイ、他に家族とかメイドさんとかいなかったのか?」
「いない……メイドさんは、お兄ちゃんが死んでから、お父さんが全員クビにしちゃった……」
「伯母さんは、いっしょには住んでない?」
「住んでない……」
「そっか、じゃあ、ほんとにひとりなんだな。寂しいな」
「うん……」
そして、その屋敷には明かりがひとつも灯っていない。人の気配もない。
「メイ、試しに中入ってみていいか?」
「いいよ……」
そしてメイを連れて入った屋敷の中。
そこはお世辞にもキレイとは言えなかった。本とか服とか食器とか、もはやあらゆるものが散乱している。
ところどころだけ整頓されたものはメイがやったのだろう。
「う~ん……お父さん、帰ってないっぽいな……」
「う……ふぇ……」
ヤベ、メイが泣き出し始めちまった。
それに、本当に父親が帰ってこないなら、こんな家にひとりでいさせるわけにはいかない。
「なあ、今日のところは、昨日の伯母さんのところに泊めてもらわないか?」
俺はそう提案するが、メイはイヤイヤと首をふるばかり。どうやらそうとう伯母さんが怖いらしい。
それなら……孤児院で一晩だけおいてもらうか、どこかの宿で一晩泊まってもらう……のは、こんな10歳にも満たない子供一人じゃ断られるだろうし、俺の家に泊めるわけにもいかないし……。
あ、そうだ。
「なあ、メイ。それなら今晩、ウチの店に泊まらないか?」
「お店?」
メイは不思議そうに首をかしげていた。
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