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神剣のプロトコル  作者: 深井立花 数白
第1章:ヘタレ剣士とアラモード
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[Process1/5:天地滅殺]Flow4/5

 さて、そんな少年の心を持つ少女と話をしているうちに目的の林に到着してしまった。久しぶりの木々のにおいが鼻につく。足元の草が鬱陶しい。

 

 ここで俺は魔物を討伐しなければいけない。相手は小型の犬に似た魔物『コボルト』。一体一体は雑魚だが、群れで行動する習性を持っている。とはいえ、先日のウルフリザードの脅威度とは比べ物にならない。エニアの武器なら問題にならないだろう。


 しかし、正直に言おう。俺は怖かった。剣を握ることで、またあの"悪夢"を思い出すのではないか。


 あのときと状況が違うのは分かっている。ここは街にほど近い林。冒険者は日常的に出入りしているし、騎士団の監視対象でもある。"あんな奴"がいるはずもない……。 


「リガルさん、どうしました?」


 俺の様子に違和感でも覚えたのだろう、エニアが尋ねてきた。


「ああ、いや、なんでもない。大丈夫だ」


 強がりだ。俺は内心ではビクビクしている。エニアに気づかれないように呼吸を整え、恐る恐る長剣を手にする。両手でゆっくり握り、感触を確かめる。何回か素振りする。


 ……思ったより悪くない。やはり誰も危機に陥っていないことが大きいのだろう。

 そうだ。何かが起こっても、エニアを連れて逃げ出せばいいだけだ。俺の足ならエニアを抱えていても大抵の奴からは逃げ切れる。退路も確保されている。大丈夫。大丈夫だ。


「エニア。プロトコルにも書いてあったが、ここでコボルトを50体討伐すればいいんだな?」

「そうです。少し多いので、何日かに分けても構いません。ゆっくりやりましょう」

「そうだな……しかし、コボルトの気配あまりないな。前はわんさかいたんだが」

「うーん……では索敵してみましょうか」


 そういってエニアは、収納錬成具から二つ折りの金属板のようなものを取り出した。片方は細かいボタンが無数についており、もう片方には文字や図形が表示されている。似たようなものを冒険者ギルドでも見たことがある。


「これ、『演算機』か? 最先端の精密機械じゃないか。こんな小さかったっけか」

「あ、はい。これは師匠が作った改良型の携帯演算機、【スターティ】です」

「そんなんあんのか……収納錬成具といい、それといい、珍しいもんばっかだな。その頭のゴーグルっぽいやつもそうか?」


 俺はエニアが頭にはめているものについて訊いてみた。それも精密機械みたいな雰囲気がするのだ。


「そうですよ。これは【ヴァリィ】という観測機で、【演算機スターティ】とリンクして私が見たものを解析してくれるものです。武器の評価もこれで見て数値化して行うんですよ」

「へえ~、索敵もそれでできるのか?」

「はい。【演算機スターティ】で『アプリ』を立ち上げると分かるようになります」


 『あぷり』が何かは分からないが、多分また珍しい便利そうなやつだろう。どうせ詳しく聞いても分からないのでスルーした。

 エニアは【観測機ヴァリィ】を目にあてると、【演算機スターティ】をカタカタ操作する。すると【観測機ヴァリィ】のレンズ部分に光る点が映るのが俺からも見て取れた。


「見つけました。北東の方向に6体の群れがいます。そこから行きましょう」

「そうか……分かった」


 いよいよ初仕事だ。慎重にやろう。


   ◇◆◇◆◇


 目標の群れはそう遠くない場所にいた。俺達は物陰で息を潜めて観察する。


「い、いましたね……それではリガルさん、お願いします……」

「ああ……」


 自分の作った武器に自信があるとはいえ、エニアも緊張しているのが伝わってくる。まあ、緊張しているのは俺も同じだ。さっきから少し嫌な汗が出ている。落ち着け。ゆっくり呼吸しろ。


 俺に2年のブランクがある事も考慮に入れ、頭の中で奴らを襲撃するシミュレートを何度も行う。間違ってもエニアが襲われるようなことはあってはならない。飛び出した直後に半数まで減らせなければ、一旦エニアを守りに戻ろう。そうすれば大丈夫だ。

 俺は自分を言い聞かせた。


「じゃあ、仕掛けるぞ。何かあったら大声出せよ? すぐに戻ってくるから」

「分かりました」


 そして、コボルトの群れがこちらに背中を向けた瞬間、俺は地を蹴った。


 一閃。

 1体目を斬った感触の中に光のイメージがあった。この剣は軽いが、硬く鋭い。体の延長であるかのようだ。普通の剣はこうはいかない。もっと斧のように力任せに叩きつけて使うものだ。それと比べれば、エニアの剣は別物だ。


 続けざまに2体、3体。群れの残りがようやく異変に気付いたようだが、遅い。回避も威嚇もさせないまま、俺は全ての標的を葬り去った。


 ……辺りにまだいるか? 俺は警戒しつつエニアの元に戻る。

 しかし、なんだかエニアは少し呆然としていた。


「ん、どうした。大丈夫か?」

「え? あ、はい、大丈夫です。すみません。リガルさんが思ったよりずっと速かったので驚いちゃいました」


 そうか。何か問題でもあったかと思って少し焦ったぞ。


「まあ……俺とて冒険者だし。これくらいは、な」

「あの……ほとんどというか、【観測機ヴァリィ】無しじゃ目で追えなかったくらいなんですけど……馬車が襲われた時より、明らかに速くなってません?」

「んー、確かにあの時とは精神状態が違うから、動きにも影響はあって当然なんだが……お前の動体視力がポンコツなだけじゃねえの?」

「むっ」


 俺の軽口に、エニアは口をとがらせた。

 順調に見えているなら、それでいい。"悪夢"を思い出さないように必死だったことは言わないでおく。不安にさせても仕方がない。


「……で、なんだっけ? 耐久性の『数値化』ってのはできたのか?」

「はい、ばっちりです」


 よかった。これで「あ、今うまく測定できなかったのでやり直しです」とか言われたらキツいとこだった。


「これをあと44体か。やっぱり……そこそこ数が多いな」

「そうなんですよね……すみません」


 あ、エニアを恐縮させてしまった。


「悪い悪い、数は多いけど大変な相手じゃないから。まあ、問題なく終わるだろ」

 精神力と相談しながらだけどな。


   ◇◆◇◆◇


 それから、エニアが索敵したコボルトを俺が狩る、ということを繰り返した。【観測機ヴァリィ】の索敵は範囲が広く、魔物に囲まれる心配もないので少し安心だ。


 そして、エニアが作ったこの長剣。データの取得のために、数回コボルトの攻撃を受けたり、わざと変な角度で骨を断ち斬ったりしているが、刃こぼれや変形が全くない。強度が尋常ではないのだ。


 普通、冒険者が用いるような武器は壊れにくいように靱性(粘り強さってやつ)を持たせる。よって、本来硬い物に打ち付けると、弾力がある分しなる。

 が、この剣にはそれが全くない。それでいて脆いわけでもない。魔術を付与させたわけでもないのに。


 はっきり言って、物質として異常だ。過剰なほどに、使い手のイメージ通りに真っ直ぐ斬れる。長年愛用してきたかのような錯覚さえ覚える。


 そこまで考えて、ふと過去のことが頭をよぎった。


 愛用、ということ。エニアは愛情を持って武器を使え、と言っていた。俺はあのとき折れた剣に対して愛情を持っていただろうか? 道具としての性能を過信するばかりで無茶な使い方をしてはいなかったか? 手入れは……怠ってたな……。パーティメンバーによく注意されていたことを思い出す。


 なんとなく、この2年向き合ってこなかったものの内側がようやく見えた気がした。

 俺は長い間、何をしていたんだろうか。

 違うか。何もしていなかったのか。


 木々の間を、湿った風が吹き抜けていった。


   ◇◆◇◆◇

 

 その日は途中で切り上げることにした。あまり根を詰めるのもよくないとエニアは言っていた。若干気を遣われていたような感じはしたが。


 夕食はエニアのおすすめの屋台で済ませてきた。美味かった。


 暖かい夕日が差し込む家に帰る。外はまだにぎやかだ。家の中は昨日と何も変わらないが、なんというか、少し、褒められているような気がした。

 妙にふわふわした気分のままシャワーを浴びる。久しぶりに体を動かした疲労が湯に溶けて、流れていく。


 その日は、よく眠れた。


   ◇◆◇◆◇


「……今ので、最後か」


 目標数のコボルトを討伐し終えたのは、その2日後のことだった。評価中はずっと緊張していたから少し疲れた。ほう、と息が漏れた。


 何事もなく終えることができた。エニアが襲われるようなことは一度もなかった。俺は失敗せずに成し遂げられたのだ。

 林にいるうちは油断できないとわかっているが、それでも心にじんわりしたものを感じる。俺は、少しだけあの"悪夢"を乗り越えられたのかもしれない。


「リガルさん、お疲れ様です。必要なデータは全て取り終えました。ありがとうございます!」

「これで冒険者ギルドのお墨付きを得たってことになるわけか」

「はい、そうです。早速、明日から販売開始しましょう!」


 俺達は明日の準備について話し合いながら帰路についた。

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