[Process1/5:天地滅殺]Flow3/5
翌朝、起床。俺のテンションは低い。
当然だ。今日から俺の地獄の日々が始まるのだ。
仕方がない。お家を失わないためにも頑張ろう。
俺は昨日の残りのスープをすすりながら、少し硬くなってしまったパンをかじる。
歯を磨く。顔を洗う。鏡の中には俺の顔。我ながらなんとも不愛想なツラをしている。青みがかった髪はボサボサだ。今ひとつうまく切れない後ろ髪は首のところで結っている。
あーあ。今日からお勤めか。気は進まないが、心機一転励んでみるか?
キリっとした表情を作ってみる。少しそれっぽくなった。
身支度を整える。よし。
二度寝しよう。やはり俺には『ごろ寝王』を目指すのが似合っている。おやすみなさい。
しかし、朝も早よからポコポコ扉をノックする音。そして、
「リガルさ~ん、朝ですよ~! 楽しいお仕事の時間ですよ~! 早く起きて出てきて下さ~い!」
エニアの声だ。
うげえ……そうだった。迎えに来るとか言ってたっけ。
ベッドからずるずると這い出た俺が玄関を開けると、エニアがにこにこして立っていた。
「……お前は俺のテンションを下げることに関して、天賦の才を持っているな」
「えへへ……それほどでも」
「褒めてねえよ」
俺は上機嫌なエニアに背中を押されながら職場への道をヨボヨボ歩いた。そして艶やかな木で作られた、瀟洒で立派なつくりの店にたどり着く。地獄の門にしては上品だ。
名前は『ヒューレ錬金術工房』。有名な店だ。俺も何度も利用していた。その時には武器屋スペースなどなかったから、エニアの店は最近始まったのだろう。
中に入ると、冒険者に必須の薬やアクセサリ、錬金術で作られた特殊な素材が並んでいる。美人店員のレイチェルさんも健在だ。
そして懐かしさを覚えるカラフルな品ぞろえの右端に『新発売! 錬金武器コーナー‼』とあった。そこだけぽっかり空いている悲しみ。これが遠い東の島国から伝わる『ワビサビ』というやつか。違うか。
「ささ、リガルさん。奥へどうぞ!」
俺を店内の右奥、従業員の控室らしきところへ誘うエニア。
「俺を奥へ連れ込んで何をする気だ……はっ、まさか、仕事の説明をするとか言い出さないだろうな⁉」
「するに決まっているじゃないですか」
俺はエニアに引っ張られていく。
ああ、俺はここで仕事という名の鬼に食われてしまうのか。
さらば、俺の人生。さらば、お家。愛していました。
「あ、リガルさん、プリンありますよ。食べますか?」
食べる。
◇◆◇◆◇
ぱく。もぐもぐ。つめたい。あまい。おいしい。
自慢じゃないが、プリンは大好物だ。エニアはプリンを作ることができるというのは収穫であった。仕事をすればおやつにプリンが出てくる。すばらしい。
え? お家とプリンならどちらが大事か? ……愚かな。お家とは身体の外側を優しく包み込む存在なり。対してプリンは身体の内側に甘さと癒しをもたらす存在なり。二つは別々の領域に住まう存在。一概に比較することはできぬ。
……む? お家+プリン=……。
そのとき、ある気づきが電流のように俺の体中を巡った。天啓であった。
「そうだ。プリン屋をやろう」
「やりません。武器屋をします」
エニアには俺の慧眼は分からないらしい。これも非凡ゆえの悩みである。俺が下界の浅薄な人間共の抱える根本的な問題(詳細を聞くのは野暮というものだよ諸君)について考えていると、エニアは隣の部屋から書類の束を持ってきて、どかっと机に下ろした。
そして生き生きした顔をしながら、
「それでは、お仕事の説明を始めます!」
時間だ。プリンがなければ、俺の繊細なハートは砕け散っていたに違いない。
そんな俺の心中を他所に、エニアはしゃべりだす。
「まず、リガルさんにお願いしたい一番重要なお仕事は、昨日お話しした『武器の臨床評価』で……」
俺はプリンを味わいながら、理解している風な振りをしてエニアの説明を聞き流した。臨床評価以外にも営業の準備、販売の流れ、武器の手入れなど、もたらされる情報は多岐にわたった。把握しきれねーよバーカ。
最後に、これから行うという武器の評価内容の詳細がまとまられた手順書、『プロトコル』(正確には実験プロトコルとか言うらしい)を渡された。そこにはいつ、どこで、何を使って、どうするかがつぶさに書かれていた。エニアが言うには、これに従って評価を進めることで武器の信頼性を確保できるのだという。
最初の評価対象は、先日俺が魔物退治に使ったのと同じ型の剣だった。シンプルで一見普通の長剣。しかしウルフリザードの硬い体を苦もなく両断した斬れ味はよく覚えている。
「この剣、お前が作ったんだよな?」
「はい、そうですよ。耐久性、斬れ味、軽さにこだわった自信作です!」
「自信作、ねえ……」
胸を張って答えるエニアの様子に、逆に俺の不信感は刺激された。
「この剣の性能は先日実感されているはずですが……信じられませんか?」
「うーん、まあ、ねえ……。やっぱり壊れた時が怖い」
俺の言葉に、エニアは真剣な顔で頷いた。
「確かにリガルさんの言う通り、武器には破損の危険が伴います。でも、どのような使い方をすると破損するか、しっかり把握しておけば無茶な使い方を避けることができます。愛情を持って正しい使い方をすれば、武器は信頼のおける相棒になれるんです。その剣だって、そうです。人を助けるための相棒として信頼できるように作りました」
エニアの使った言葉が、俺の耳に留まった。
「人を、助ける……?」
聞き返した俺に、エニアは武器を作りたいと思った理由、そしてエニアの過去を語った。小さい頃に魔物に襲われていたところを冒険者に助けられたこと。それから冒険者に憧れたこと。しかし致命的に才能がなかったこと。ならば、せめて冒険者の役に立ちたいと武器職人を志したこと。
俺は少し、感心した。
「そうだったのか……偉いな」
「えへへ。でもせっかく武器を作っても評価してくれる人がいなくて……」
「俺を見つけた、と」
「はい」
なるほどね。
人を助けるための武器、か。そんな風に考えたことはなかったな……。
……。
…………。
……はあ、仕方ない。やるだけやってみますか……。
◇◆◇◆◇
翌日は何やらすっきりと目が覚めた。ベッドに後ろ髪を引かれることなく工房へ向かった。昨日は気づかなかったが、朝日と言うのは思ったより柔らかなものだった。
工房に入ると、棚の整理でもしていたらしく、脚立の上からエニアが元気に挨拶してくる。
「リガルさん、おはようございます!」
「ああ、おはよーさん」
引きこもりの俺にとっては、朝に誰かと挨拶をするというのもなんか新鮮だ。
そしてエニアは脚立から降りてきて、最後の一段をぴょん、と飛び降りた。
弾んだ。朝から良いものを見た。
「……はッ! リ、リガルさん、今どこを見てました⁉」
ばっ! とジャケットの前を閉じて胸を隠すエニア。
「いや~、どこも~、何も~」
「ぜ、絶対嘘です……むむむむむ……」
眼を逸らしてしらばっくれる俺を、エニアは非難がましげな眼でにらむ。
そりゃそうか。逆の立場なら、いい気はしないだろうしな。気を付けよう。
「いや、スマン。やっぱりどうしても、ね。それだけお前が魅力的だってことでなにとぞ……」
「うう……うれしくないです……私は、こんな恥ずかしい体型嫌なのに……」
「そうなのか? 世の女性は結構、羨むんじゃないかと思うが……」
「そんなのは、完全に男の人目線の考えです……」
エニアは、はあ、とため息をつく。やはりスタイルがいい奴にはいい奴なりの悩みがあるものなのだろうか。
「まあ初犯ですし、今回は許します。次はおやつのプリンを没収しますからね」
「お、おう、気を付けるわ」
危うく初日から俺の兵站は断たれかけた。油断のできない職場だ。
「では気を取り直して、準備ができたら出発しましょう。ついに初評価です!」
「そうだな……行くか」
というわけで俺達は最初の評価、長剣の耐久力評価のために近くの林へ向かって歩きだした。
◇◆◇◆◇
目的の林へ向かうには、市場を突っ切ってしまうのが早い。
朝の時間帯は、野菜や焼きたてのパンが並んでおり、何ともにぎやかだ。
そしてこういう場は、市民同士の情報交換の場でもある。そこを通りかかっている間も、買い物終わりと思われるおばちゃんたちの会話が聞こえてくる。
「『アークハウス』がまたデモだって。魔物のことを、保護すべき動物だとか言って。信じられないわ……奴ら、霊性F級なんじゃないの?」
「絶対そうよ。この間だって魔物を討伐してくれた冒険者の人たちに襲い掛かったって」
「この街には【神剣】がいるんじゃないの? 奴らをとっちめてくれないかしら」
「でも最近、彼の話全然聞かないわ……どうしたのかしらねえ?」
と言うような話だった。『アークハウス』というのは、人類の天敵である魔物を、それ以外の動物と同一視する愛護団体のことだ。穏健派は魔物との共存を目指して研究などを行っている比較的無害な人たちだが、過激派の連中はそうでもない。
奴らの大部分は社会に適合できなかった人間だったり、単純に競争に敗れただけだったり、要するに社会からのはみ出し者の集団だ。魔物の愛護、と言うより人間社会に対する不満を多く持っている奴らだ。最近デモや暴動などで問題になっている。自分たちの憂さ晴らしをしているだけのように見られたり、霊性ランクF級と言われるのも無理はない。
俺は魔物との共存など夢物語だと思っている。しかし俺の元パーティメンバーで、それを追求してアークハウスの穏健派に加入した奴が一人いる。あの心優しい彼女のことを思うと、どうにも苦々しい。
そんなことを考えていると、不意にエニアが尋ねてきた。
「リガルさん。リガルさんは【神剣】さんって知ってますか? 最近はあまり活動されてないみたいなんですけど」
よく知っている。【神剣】シリウス・カリバー。常に仮面をつけた大剣使い。若くして魔物討伐や犯罪者の確保に多大な活躍を残し、S級冒険者が所属するギルド選抜特殊部隊【SABER】に当時最年少で抜擢され、次席・S.Ⅱとして世界中に名を知られる英雄。むしろ知らない方がおかしい。
しかし、俺はその話題が嫌いだ。
「知ってるが、それがどうかしたか?」
なるべく、素っ気なくならないように返事をする俺。
「いえ、実は【神剣】さんがシデロの街周辺を中心に活動しているって噂を聞いて、評価を依頼しようと思って探してたんですよ。同じ冒険者のリガルさんなら何かご存じかな~と思いまして」
「は~ん……悪かったね。見つかったのが俺で」
俺は少し意地悪して、そんな風に言ってみる。エニアはわたわたと慌てた。
「ち、違います! 別にリガルさんが不満ってわけではなくてですね、単純に【神剣】さんのことが気になって……」
「お前、【神剣】のファンか何かか? どこがいいの? あいつの」
そう聞くとエニアは、きらーん! と目を輝かせた。やはりファンか?
「やっぱり”世界最強の剣士”っていうところです! 仮面をつけているのもミステリアスですし、あと名前がいいです! S.Ⅱ、【神剣】シリウス・カリバー……かっこいいです!」
「……かっこいいか?」
「かっこいいです!」
エニアの趣味は思春期の少年のそれだった。