第1話:Process1[天地滅殺]Flow1
なにが「天地滅殺」なのかは、第8話の最後で明らかになります。アホみたいな理由です。
隣町から戻る間の馬車の座席。俺はそこで目覚めた。
どうやら移動中に寝ちまったらしい。
「…………ああ……気分悪っ……」
まったく、夢のせいで最悪の寝覚めだ。
春の陽気につつまれて、普通なら長閑なはずの緑あふれる街道の風景も、今は少し恨めしい。
あれから2年、俺は冒険者でありながら戦闘を避けて生きてきた。
しかし、その間もこうして悪夢に苛まれている。
頭に、胸に、重苦しい靄がかかっている。思わずため息が出てしまった。
すると、
「あの……大丈夫ですか?」
「ん?」
そんな俺の体調を心配してくれたのだろうか、向かいの席に座っていた17歳くらいの少女が声をかけてきた。
ふむ。
第一印象:金髪碧眼セミロングヘアー。ゴーグルっぽいものを頭につけている。
第二印象:職人風の丈夫そうな上着とミニスカート。手にはなぜか指なしの革手袋。
第三印象:発育。
いやいや、なにジロジロ見てんだ俺。初手からセクハラか。返事をせねば。
「ああ、大丈夫だ」
俺はちょっと嘘をついてそう答えたが、依然少女は不思議そうな顔をしてこっちを見ている。
何だよ。何か気になるのか?
……と思っていたら、少女は続けて聞いてきた。
「もしかして、冒険者の方ですか?」
「まあ、そうだけど」
俺の格好はといえば、青みがかった無造作ヘア。うまく切れない後ろ髪は伸ばして首の後ろで結っている。
服は何の変哲もないシャツとベスト、ボトムスにブーツ。その上に革製の胸当てと肩当てを着けている。いたって普通の冒険者には見えるだろう。
1カ所を除いて。
「武器は持っていないんですか?」
「何も」
「な、なんで持っていないんですか?」
「俺、武器とか信じられないタイプの冒険者なもんで」
そう、俺は武器を持っていない。
2年前のあの日から武器が信用できなくなり、武器を振るうことも、戦うこともやめた。
今日の仕事も、戦闘のないただの配達だ。
そんな俺の何が気になるのか、少女の質問は続いた。
「お、お名前はなんておっしゃるんですか?」
「……リガル。リガル・フェイル」
「私、エニアと言います! 武器屋をしているんです! どうして武器が信じられないか教えてくれませんか!?」
ぐいっ、と身を乗り出して聞いてくるエニアとやら。その圧に思わずのけぞる俺。
……こいつ、武器屋だったのか。商売柄気になるわけか?
だが、
「やだよ。他人にする話じゃねえだろ」
「そこを何とか!」
「やだっつってんだろ」
俺はやたら食い下がるエニアをいなす。妙にしつこい。
どうしたもんかな……、と思っていたその時、馬車がガクン! と急停止した。
「ひゃっ!」
「おっと」
バランスを崩す俺とエニア。そこへ、御者の慌てた声がかかる。
「魔物です! 降りないでください!」
魔物が出たか。まあ、街の外を走る馬車には必ず護衛がいるから、片付くまで待てばいい。
俺は手を貸さないし戦わない。それで問題ない。そう思った。
しかし、外から金属が折れる音が聞こえた。続いて男の悲鳴。
嫌な予感がした。急いで馬車の外を見る。
チェインメイルを着た護衛らしき男がいたが、肩の部分が破損し、出血している。
そして彼の剣は、折れている。
護衛の目の前には1体の『アイアンリザード』。並みの武器では通らないほど硬い、鋼鉄の鱗と骨格をもつ魔物だ。
バカな。ここは奴らの生息範囲から大きく離れているはずだ。
しかも、どういうわけかヤツは酷く凶暴化し、暴れているように見える。
護衛はその攻撃を食らわないように必死だ。
「リガルさん! 何が起こっているんですか⁉」
「割と手強い奴が来てる……すこしヤバいかもしれん……」
「そんな! じゃあ、あの護衛の方が危ないです!」
そういうが否や、エニアはあろうことか丸腰で飛び出そうとした。俺は慌ててその手をつかむ。
「馬鹿、何やってるんだ⁉ 死にたいのか⁉」
「で、でも……」
その時、今度は馬車が急発進した。
御者は必死な様子で鞭を振るっている。護衛を見捨てて逃げるつもりなのか。そんなことをしたら、あの護衛は間違いなく――
……気付くと、俺は馬車から飛び降り、彼の元へ走っていた。武器も持たないくせに。
飛び出そうとしたエニアを止めたばかりの自分が何をやっているのか。
それでも、なぜだか足が動く。
魔物が護衛に襲い掛かる。
俺は彼に飛びつき、危ういところで魔物の攻撃を躱す。
しかし俺の視界に入るのは、傷つき鮮血に染まる護衛の姿。
その瞬間、”悪夢”が頭を過ぎった。
心臓に、杭を打ち込まれたような痛みが走った。
脳が現実の認識を拒否する。
身体が動かない。
俺の中で、何かが【棄却】される……!。
そのときだった。
「リ、リガルさぁ~ん!!」
よたよたとバランス悪く、なんとも頼りなく駆けてくる、ゴーグルを掛けた人影。
エニアか!? あいつも馬車から飛び出したのか!? 死ぬだけだぞ!?
俺にはエニアが何を考えているのか分からなかった。
しかし、エニアが左腕のブレスレットに触れると、そこから光と共に一振りの長剣が出現した。
あれは……『収納錬成具』?
そして、
「リガルさん! これを!!」
エニアはその長剣をこちらに投げた。エニアのコントロールは最悪だったが、なんとかそれを受け取る俺。
しかし、アイアンリザードは突然現れたエニアに注意を引かれた。
マズい、これでは今度はあいつが危ない!
「くッ……!」
俺は動かない体を無理矢理動かし、目の前の魔物に向かって踏み込み、なんとか長剣を振るおうとした。
しかし、
「――ッ!?」
その瞬間に、俺の何かがはっきりと【棄却】されたのを感じた。
もはや立つことも出来ず、無様に倒れ込む俺。
それでも、腕をなんとか伸ばして長剣を届かせ、ヤツの注意を――
と思ったら、俺が倒れ込む勢いだけで、長剣はアイアンリザードの身体を両断した。そのままヤツの身体は雲散霧消する。
あまりの斬れ味に、さすがに驚いた。なんだこれ。
「皆さん! 大丈夫ですか!?」
倒れる俺と護衛に駆け寄るエニア。
俺は起き上がりながら、「大丈夫だ」と答えた、はずだ。
眩暈と心臓の痛みで、ここからはよく覚えていない。
確かに魔物は討伐した。しかし俺の視界に入るのは、血を流す護衛、その折れた剣、そして手の中の感触。
安堵などなかった。俺を満たすのは、あの”悪夢”。最後に、俺の手から剣が滑り落ちたことだけは覚えている。
魔物を討伐しておいておかしな話だが、俺はやはりもう、まともに武器を振るえないのだと悟った。
だが、この事件が切っ掛けで『あんな依頼』が持ち込まれるなんて、このときの俺は想像もしていなかった――
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