第22話:Process4[それはこの手が覚えている]Flow2
突如聞こえた破壊音。続いて、大勢の人々の悲鳴。
動揺していた俺は、一瞬それらに反応できなかった。商業区の方から逃げてくる人たちを目の当たりにして、ようやく何かが起こっていることに気がついた。
人々は皆一様に慌てふためき、子供は泣き叫んでいる。ヒステリーを起こしたような奴もいる。
「な、何かあったのでしょうか……」
ジョセフさんも不安そうだ。俺は比較的冷静に見える男を捕まえて尋ねた。
「なあ、あんた! 街で何かあったのか!?」
「あ、ああ……何でも、いきなり街中に魔物が現れて、暴れ出したらしいんだ……【神剣】達、冒険者ギルドや騎士団が何とかしてくれるとは思うんだが……」
男は逃げてきた方向をしきりに気にしながらも、何とかこちらの問いに答えてくれる。
「分かった、呼び止めて悪い」
「いや、構わないが……あんたらも安全なところに逃げたほうがいいぞ」
そう言って男は足早に去って行く。
街に魔物が出たと聞いて、ジョセフさんは慌てていた。
「た、大変です……子供達を、早く避難させないと……」
「そうだな、俺も手伝うよ」
そうして俺とジョセフさんの二人で子供達をかき集める。
普段はやたら俺に絡んでくるロイやクララも、今が非常時だということは分かってくれたようで、おとなしく俺達の指示に従ってくれた。
幸い、孤児院は近い。子供達を奥の部屋に集め、俺は情報を得るべく広場へ戻る。冒険者ギルドや騎士団がどう対応しているか知りたい。すると、
「リガルさ~ん!!」
「リーく~ん!!」
ちょうど、噴水広場でエニアとプリシラがこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「お前ら! 街に魔物出たって聞いたが、店はなんともないか?」
「はい! お店は大丈夫です、師匠もいますし。ただ……」
「リーくん、魔物、結構ヤバそうだよ!?」
少し慌てた様子の二人。どうやら騎士団から話を聞いて何か知っているらしい。
詳しく聞くと、現在魔物には騎士団と冒険者ギルドが対応しているとのこと。
しかし、暴れている魔物達はどれも非常に防御力が高く、武器や魔術が通じずに苦戦しているらしい。
しかも騎士団側の主力は今、王都に招集されており、予備戦力しかいない。そうなると、頼りになるのは冒険者だが……。
「リガルさん! 行ってあげてください! リガルさんが私の武器を振るえば、きっと魔物も倒せますから!」
話に聞く魔物達にも対抗できそうな冒険者を俺が考えようとしたとき、エニアはそう頼み込んできた。続けてプリシラも言う。
「あのね! もうヒーちゃんとクーくんがみんなを助けに行ってるの! アタシも行くから、一緒に行こう!」
それを聞いたとき、俺の脳裏に、にじみ出るように真っ赤なイメージが浮かんだ。
暴れる未知の魔物。
騎士団の屍。
その中で傷つき倒れるクードとヒスイ。
俺の手には、あのときと同じように折れた剣――
手が震える。
足下の感覚が薄くなっていく。
先日、ファシエが襲われたときと同じだ。
武器が折れ、目の前で誰かが傷つくかもしれない恐怖。
でも、それだけじゃない。
俺はもう、【棄却】が発現すること自体が恐ろしい。
大事な局面で、また【棄却】が発現してしまうかもしれない。
また俺は間に合わないかもしれない。
ヴェノムパンサーのときは、クードがいてくれたから無事で済んだ。
でも、今度は誰かがフォローしてくれる保証はない。
この2年間見続けた"悪夢"が、再び現れるかもしれない。
ぐらり、と視界が揺れる。
しかし、
「リガルさん!!」
エニアの声が、かろうじて俺の意識を呼び止めた。
「リガルさんが、武器を信じられないと言ったのは覚えています。きっと、過去に何かあったんでしょう。それでも、今日まで私の武器を振るってきてくれたじゃないですか! 私の武器の性能はよく分かってくれているはずです! それでも、まだ信じられませんか!?」
エニアが俺に問いかける。
その言葉は、俺の心の奥深く、何か妙に固くなってしまったところに確かに届いた。
俺は今までのことを思い出す。評価でエニアの武器は何度も振るってきた。その度に、エニアが「自信作だ」と言ってきたのがよく分かった。今腰に差しているロングソードもそうだ。その性能はよく分かっている。
こいつはファシエの渾身の魔術を耐えきった魔物さえ両断してみせた。
俺自身もまた、武器を盲信している状態ではなくなった。エニアと会ってから、武器のことを気にかけて向き合ってきた。その上でこの長剣は信じられると、そう思う。
心はまだ震えている。しかし、手の震えは、なんとか収まった。
「分かった……行こう。エニア、プリシラ」
「はい!」
「おう! いっちょ、やったろうじゃんか!」
俺は【棄却】の影を振り切るように、商業区への道を急いだ。
悪夢はエニアの武器で止められるのだと、信じられたから。
▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
俺たちがたどり着いたとき、商業区の事態は予想以上に悪かった。
騎士団や冒険者がギリギリ押さえ込んではいるものの、騎士団に負傷者が多い。居住区への防衛線を突破されるのは時間の問題だろう。
その中心、騎士団や冒険者を苦しめているのは――
「ソーンドラゴン……なんでこんなヤツが!?」
そう。相手は岩の様な鱗を持ち、体中に棘を生やした竜型の魔物・『ソーンドラゴン』。
全長20メートルの巨体は動きこそ鈍いものの、その鱗や棘は恐ろしく硬い。そして棘とブレスで遠距離攻撃をこなす面倒な奴だ。それが3体暴れている。
しかし、「面倒な奴」といっても、それは大抵の冒険者にとっての話だ。クードがいればどうにかなりそうに思うのだが……。
そのクードはソーンドラゴンの1体を相手に戦っていた。
その背後には多数の負傷した騎士団の兵がいる。
さらに、彼らの前でガタガタ震えながら立つヒスイ。時折飛んでくる棘を【拒絶の盾】で防いでいる。
「ひいぃいいい!! くーど! どうするの!? 倒せるの!?」
「ごめん! 僕ひとりじゃ攻めきれない! リガルが来てくれれば……!」
「だ、だから、様子見るだけにしようって言ったのに~!」
ヒスイが弱音を吐くところに、俺たちは駆けつける。
エニアはすぐさま、ポーションなどを負傷した人達に配り始めた。
「クード! 無事か!?」
「リガル、来てくれたのか! でも気を付けて!」
そう言いながら、クードは魔双剣を舞うように振るい、魔力・炎・氷・雷などの多様な属性攻撃をたたき込んでいる。しかし、その攻撃はどれも通じていない。
「お前の魔法剣でも通じないのか!?」
「そうなんだよ! 敵の額の紋様が分かるかい!?」
「紋様……?」
クードに言われ、俺は相手をよく観察する。するとクードの言うとおり、相手の額に何か光る紋様が浮かんでいるのが分かった。
それを見た瞬間、俺の心の震えは大きくなった。
その紋様は、同じだった。
過去に俺の剣を折った魔物と。
なんなんだ、コイツ。"あの事件"に関係しているのか……?
慄く俺にクードは続ける。
「先日のヴェノムパンサー、アイツにも同じ紋様があったんだ!」
「何ッ!?」
「アイツはやたら大きかったし、膂力も強かった! コイツも普通じゃない!」
クードの言葉を聞き、プリシラが意気込んで魔力を練り始めた。
「武器がダメなら、魔術の出番だね!」
赤い光が杖の先に収束していく。アホ毛様もぶるんぶるん回って張り切っている(だと思う)。
「ぶっ・と・べーーーーー!!」
プリシラの杖から超高温の炎の塊が勢いよく飛んでいき、大爆発。相手の全身は極太の火柱に飲み込まれ、熱で溶岩溜まりと化した地面に沈んでいく。
プリシラは、アホの子の割に魔術師として高い適性を持つ。あらゆる属性を使いこなし、その魔力量も相当に高いことは分かっている。
しかし、ヒスイの後ろから【観測機】で相手を解析していたエニアが叫ぶ。
「駄目です! 敵、身体強化魔術がかけられている上に、強力な魔力障壁あります!」
「……! そんなん持ってるのか!?」
「そうなんだよ! こんな特殊な個体見たことない! 素の本体自体も硬いし、僕の魔法剣とは相性が悪い!」
そして、エニアとクードの言葉通り、火柱の中から無傷で現れるソーンドラゴン。
「マジで!? アタシの魔術でも効かないの!?」
驚くプリシラに俺は聞いた。
「お前、解除魔術使えるか!?」
「うう……ごめん……アタシ、そういう頭いい系の魔術苦手……」
プリシラがそういうのは仕方がない。
生物の攻撃力と防御力は、【物理】も【魔法】も【異能】もひっくるめて、世界に働きかける力・【事象干渉力】に収束する。相手の事象干渉力を魔力のみのゴリ押しで突破できてきたプリシラにとって、このような事態はそうそうないのだろう。
プリシラの魔力量で解除魔術が使えるなら、身体強化も障壁も打ち消してしまえると思ったのだが、相手の状態を詳細に解析しなければいけない魔術は難しいか。
そうなると、この魔物に対抗できるのは――
いい加減、覚悟を決めるときだ。
俺はエニアのロングソードをなんとか鞘から抜き、構える。
単純な話だ。俺とこの剣が生み出す事象干渉力が相手のそれを上回ればいい。
問題なのは、俺がこの剣を『今の全力』で振るった場合に、この剣が耐えられるかということだ。
しかし、この問いについて、俺はもう答えを出していた。
「リガルさん! 私の剣なら大丈夫です!」
そう。今までエニアの武器を振るってきた経験が、この剣が信じられることを告げている。武器を盲信していた過去の俺ではない、武器と向き合う姿勢を持った今の俺がそう感じている。
俺は剣を水平に構え、ソーンドラゴンへ走り出す。相手は俺の様子にただならぬものを感じたのか、俺の方に頭と棘を向けた。そしてそのまま、俺に向けてブレスを吐き、続いて大量の棘を撃ち出す。
しかし冷静に見ていれば、予備動作でどこに撃ってくるのはバレバレだ。俺には当たらない。
ブレスを避け、棘の雨をかいくぐり、喉元に滑り込む。
ソーンドラゴンは前足と爪で俺を薙ぎ払おうとしてくる。
無駄だ。
俺は軽く跳躍してそれを躱す。
空中で身を翻す。
エニアのロングソードを握り直す。
今まで振るってきた感触を思い出す。
その感触に導かれるように身体が動いた。
……長剣が魔物の体に当たる寸前、一瞬だけ、また心が震えた。
しかし俺の一閃、エニアの剣は、クードやプリシラの攻撃を防いだ事象干渉力を突き抜けた。
鱗を割り、肉を裂き、深く、深く。
俺の太刀筋は乱れなかった。
そうして剣を振り抜いたとき、初めて相手の体に大きな傷が入った。
少しでも面白いと思っていただけたなら、
下にある「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしてもらえると励みになります。
よろしくお願いします。




