『苦痛の代償』
…………おかしい。
今夜は普段よりもよく眠れない。
それに、さっきまでより痛みを感じるような……
あぁ、そうか…………
「私、そろそろ産むんだ…………」
私の旧名は楠木 かなえ。元魔法少女の二五歳で、夫との六回目の行為を経て私は念願の母親になった。
夫とは面会を済ませてとっくに四時間を過ぎ、今は午前一時過ぎ。
誰もいない真っ暗な部屋で一人、私は目を覚ましている。
“そろそろこの子の予定日だし、もしかしてもう産まれるのかなぁ……?”
生まれて初めて経験する出産を前に、私には様々なプレッシャーに押し潰されそうになる。
流産とか、未熟児とか、遅産とか。
それらよりもまず妊娠からが初体験の私にとって、出産は恐怖と不安でいっぱいだった。
“お腹の中に、私とあの人との子供がいるんだよね…… こうして触れていると、何だか不思議な感じがするなぁ……”
初めてを経験したあの日、最初は痛くて痛くて泣きそうになっていた私を、夫はとても優しく接してくれた。何度も何度もマッサージして身体をほぐし、二十分近くかけて改めて深く愛し合った。
その後病院で妊娠を夫婦で確認して、二人で抱き合って喜んだあの日。夫が赤ちゃんの事を必死で勉強してるところをこっそり見ていたあの日。入院して出産の準備に入っておよそ十ヶ月。
私のお腹は、とても大きくなった。
「どんな顔をしてるのかなぁ〜…… 男の子かな、女の子かな?」
お腹をさすって中にいる子供を感じる。何となくだけど、子供が返事をした感覚があった。
「……楽しみだなぁ」
『新しい命を目の前にして、今何を思っているのかな? かなえちゃん』
ハッとなって周りを見回すと、いつの間にか枕元に男の子が座って私を見ていた。相変わらずフードで顔はよく見えないけど、それが誰なのかは私には分かる。
『やぁ、久しぶりだね』
「……久しぶりだね、グリム」
それからグリムと私の二人は、お互いが見える場所でお互いを見合う様にして腰掛けた。とは言っても私はお腹の事もあるから、ほとんど動かなかった。
グリムは私を見ながらも、周りを見回す動作を挟んだ。周りに人がいない事を確認しているのかもしれない、きっと大事な話なんだと身構える。
「まずは改めて挨拶でもしようか。久しぶりだねかなえちゃん、十年程ぶりだね。今まで元気してた?」
「うん、私は元気でやってるよ。グリムの方はどう? 仕事の方は……」
「順調…… と言ったら余裕ぶった言い方になるね。本当はかなり忙して大変だよ」
「そっか、そうだよね。グリムは死神だもん、こうしてる間も沢山の人が死んでいるもんね」
ふとグリムがいる場所に目がいく。グリムは私のすぐ横、つまり枕元に…………
「あぁ、そうだった。人間界でこの立ち位置は死の予兆だったね。ゴメンゴメン……」
死神の特徴を知ってる私を心配したグリムは自らの立場を自重し、私の足元に座って改めて話を続けた。
「ところで、かなえちゃんが抱えるその子なんだけど…… 男の子、女の子どっちかな?」
「う〜ん、まだハッキリとは分からないんだよ。産み分けしたりしてるけど、上手くいく保証もないし……」
「かなえちゃん、ちょっと失礼するよ……」
そう言ってグリムはそっと私のお腹に手を置いて、その直後に耳をやさしく当てた。
“グリムも、赤ちゃんに興味があるんだね。何だかちょっと嬉しい……”
死神って、これから生まれる命に対してドライなイメージがあったけど……
「うん、特に持病や障害も無さそうだね。流石に性別は分からなかったけど、元気に産まれるのは確かだよ」
少しだけ、死神に対するイメージが良くなった。
「ねぇ、もしかして赤ちゃんは初めてなの?」
「そうだね、産まれる前の赤ちゃんなら初めてだよ。今までは流産した赤ちゃんから孤独死した老人の管理ばっかりたったからねぇ〜……」
私のお腹をさすられる感触が伝わる。薄々分かってたけど、グリムの手はとても冷たくて生気が無い。
やっぱり人間じゃないんだと、嫌でも思わされる。
「やっぱり冷たいよね。これでも熱湯に手を入れてるんだよ」
「熱湯を触ってて、熱くなかったの?」
「いんや、熱くなかったよ。人間より耐熱性のある体なんだよ〜、コレは」
自分の胸をドンと叩いて、ちょっとしたアピールをする。
「ねぇかなえちゃん、かなえちゃんは一人目の子供を授かって念願の母親になる訳だけど…… 母親として赤ちゃんはどんな風に育ってほしいのかな?」
「まだ実感がないんだけど、もし無事に赤ちゃんが産まれたらケガや病気なく、元気良く育ってほしいね」
「うんうん、良いねぇ。かなえちゃんが良いお嫁さんになってるよ」
「ちょっと、恥ずかしいよ〜」
こうしてお世辞を言われると、学生時代を思い出すなぁ〜……
よく美紀に色々言われて、それがどういう意味なのか分からなかったあの時の私。もう今になれば美紀が言っていた言葉のほとんどの意味が分かる。
大人になって同窓会に行って先生や皆と仕事や生活について話をしていると、話をしている同級生の中には子供がいる人もいた。
子供を産む時の話も聞いて、産む時の辛さを知った私は出産に対して怖くなった時もあった。そんな時、夫が私のそばに寄り添って慰めてくれたあの日。
色んな経験をして、私は遂に子供を持つ決心が付き、愛する夫と沢山愛し合い、そして妊娠した。
うっ、痛い…………
「グリム、私ね…… これから味わう痛みを耐えられる気がするんだ。魔法少女として活動していた時に味わった恐怖や辛い出来事と比べたら、全然平気だと思うんだ。それに赤ちゃんが出てくる所を考えて、痛いのは一目瞭然だし」
そういえば、予定日は明後日だったなぁ……
今の内に、グリムに聞きたい事がある。
「ねぇグリム、私にはまだ魔法少女の力って残ってるの?」
「うん、勿論残ってるよ。かなえちゃんが持つ魔法少女の力は一生涯残る様になってるからね〜」
「じゃあさ、もし私の子供が女の子だったら、この力が遺伝する可能性ってあるのかな?」
「それは十分にあり得るよ。何せ事例があるのが証拠だよ」
グリムは一枚の手書きで記された記事を差し出した。そこには魔法少女が産んだ子供の事が書かれていた。
「ほんの少し前にかなえちゃんが考えてる事が起こったんだよ。魔法少女が産んだ子供に魔法少女の力が少なからず感じたんだよ。母親は魔法少女としては大して力と呼べる程強く無かったんだけど、子供は魔力を物理的パワーに変換する力を持っていた。その子は今三十を過ぎて魔法少女を引退し、大手企業に就職しているよ」
あれ、何だかどこかで聞いた事のある情報だけど誰だっけ……?
「あれ、思い出せない? 朱鳥 蓮、魔法少女の力が親から遺伝したタイプの魔法少女だよ」
信じられない。まさか蓮さんが遺伝タイプの魔法少女だったなんて……
でも、そう考えると蓮さんと従姉妹である翼ちゃんも魔法少女なのには納得出来るね。
「まぁでも、遺伝せずに一代で耐える事例もあるし法則性も分かんないから、もしかなえちゃんの子供が魔法少女だとしてもその現実を受け入れてほしいね。僕にはどうする事も出来ないから」
もしもの事を想像し、お腹にいる自分の子供を触る。
“子供に遺伝……”
つまり、見えてはいけないモノまで見える体質になる。
もし私の子供が産まれて成長したら、本人にどう説明したら良いのか?
そんな問題を一生抱えていかなくてはいけなくなる。
「心配ご無用。その時が来たら僕が説明してあげるよ」
「あ、ありがとうグリム……」
どうやら、今後もグリムのお世話になりそうだね。
……………………。
「ねぇグリム、今でも魔法少女って増えてるの?」
「いんや、もう数えるくらいしか増えてないよ。一年に二人程度のペースだね」
「それでも増えてるんだね。でも遺伝タイプもいるから、多分思ってるよりもいるのかな……」
「うん、確かに遺伝タイプを含むと計り知れないね。それにどうやら何処か遠くの街では、魔法少女同士の戦いがあるみたいなんだよ」
「魔法少女同士で、戦うの……? どうしてそんな事を」
「さぁね。向こうは僕の管理外だから詳しくは知らないけど、かなえちゃん達とは全く違う属性持ちの魔法少女が戦って、自分の欲望をぶつける戦いを繰り広げてる様だよ? 敗者は勝者に従わないといけないから、逆らったりしたら駄目みたいだし……」
バトルロイヤルって事かぁ。最強の魔法少女を決める戦いをしてたりするのかなぁ……?
“うぅ、ふと蓮さんを想像してしまった……”
蓮さんは普段から筋トレもしてるから、もしその戦いの中に乱入したら余裕で一位になれそうな気がした。
「でも、かなえちゃんはそこに行く事をオススメしないよ。向こうには向こうのルールに従う必要があるからね。でもまぁ、かなえちゃんが魔法少女である事を隠せば、辛うじてごまかせるかもしれないけどね」
「何だか、ちょっと行ってみたい……」
もし家族で行く機会があったら、そこに行ってみたいなぁ…………
「……あっ、ねぇグリム」
「ん? 何だい?」
何だか、お腹が痛い……
「ちょっとナースコールをお願い…………」
グリムが出産の手伝いを積極的に関わり、ナースが来ると共にグリムは身を潜めた。
『ちゃんとついて行くから心配しないで』
痛みに耐えながら、グリムを目で追うが……
私はナース達によって分娩室へと運ばれた。
次にグリムと会ったのは三週間後。休憩時間を使って私の子供を見に来てくれた。
グリムは人間の目には見えない様に行動し、私の子供をまじまじと見つめている。
「あ〜、可愛いね〜。流石愛する者同士の間に産まれた子供、寝顔がキュートだねぇ〜」
初めて見るグリムの一面が、何だか親バカに見えて仕方がない。もしかしたらロリコンの可能性もあるけど、私にはそうは見えなかった。
今までまともに子供と接する機会が無かったが故の、愛情表現だと思う。
「うん。ほっぺもふにふに、唇も柔らかい。とっても元気な女の子になりそうだよ! あ、勿論この子の人生の事を言ってるからね?」
グリムが子供を抱えて高い高いをすると、子供は笑顔でキャッキャと笑った。
それはつまり、私の力が遺伝している可能性を示す。グリムが見えるから笑っていると、考える事が出来てしまうからだ。
「ところで、今日はかなえちゃんの夫は来るのかな?」
「うん。仕事帰りに来るから夕方頃になるね」
「それまでに誰か見舞いに来る人は?」
「お母さんとお父さんが昼頃に来るし、蓮さんと翼ちゃんは今度の土日に来るし、後は…………」
話している内に、ふともういない友達を思い出す。
希望と美紀、四ノ咲先輩はもうこの世にいない。グリムは私を気遣って何も話してくれないけど、やっぱり自分の子供を三人に見せたいという思いもある。
「ねぇ、グリム。無茶なお願いをしても良いかな?」
「ん〜? どんなお願いかな?」
ダメ元を承知で、頼んでみる。
「私の友達にも、この子を見せてあげたいんだけど…… 出来るかな?」
グリムは子供をジッと見つめ、答える。
「出来なくはないよ。向こうのスケジュールに合わせる為に深夜二時に赤ちゃんを見せるけど、かなえちゃんは彼女達と会話するかい?」
三人と会話…………
「ううん、子供を見せたら元の世界に帰してあげて。私はそこまでしてお別れを言いたくないから」
「でも、向こうからかなえちゃんに話しかけるかもね〜。まぁかなえちゃんには全く聞こえないけど」
グリムはポケットから手帳を取り出して、スラスラと予定表を書き込んだ。
「それじゃあ僕はそろそろ戻るから、またね〜」
グリムが部屋を出ると、部屋には私と子供だけになった。しばらくの沈黙を挟んで、私はポツリと呟いた。
「夢……」
この子に名付けた名前は夢。希望を捨てずに諦めない女の子になって欲しいと願い「夢」と名付けた。
「お母さん、頑張るからね……」
この子の将来の幸せを願い、夢の頭を優しく撫でる。
夢が笑顔で私を見る。その笑顔に癒されていると、部屋に誰かが入ってきた。私はその人に対し、労いながら笑顔で見舞いに来てくれた人を迎える。
「おかえりなさい。今日もお仕事お疲れ様」





