『少女の喪失』
これは、私がこれまでの人生で絶対に忘れられない話の一つ…………
彼女の名前は伊藤 美紀、高校三年生。
その日は、私達が卒業する二日前の事だった…………
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あっ、おはよう美紀!」
「……………………」
「美紀……?」
「……あっ、お、おはよう!」
この日から美紀は、目に見える程に様子が変だった。元気が無いと言うより、塞ぎ込んだ感じがする。
“生理の時とは違う感じだし、さっきの笑顔もぎこちなかったし…… 何かあったのかな?”
いつもは笑顔で明るい元気の塊である美紀。そんな美紀がある日突然暗くなるのは、明らかに何か理由があるはずなんだけど…………
でも、私なんかが他人の問題に踏み込んで良いものなのかなぁ……?
“いや、そんな事はないよね。私なら、美紀のかつての明るい笑顔を取り戻せると思う…… だって私は魔法少女だもん。友達の小さな絶望からも救わないと……‼︎”
友達が何かに悲しんでる時こそ、周りの友達が励まさないと。そういうのがきっと、本当の友達だと私は思う。
“よし、まずは昼休みに美紀に話しかけるところから始めよう……‼︎”
この瞬間が、私が美紀の幸せを取り戻す為の第一歩になったのだった…………
「ねぇ美紀、お昼一緒に食べていいかな?」
お昼の時間を一人で過ごそうとしていた美紀に話しかけ、何とか話しかける機会を作ってみる。
美紀は少し物鬱げな表情を浮かべつつ……
「うん………… 良いよ」
お弁当をずらして、私のお弁当を置くスペースを作ってくれた。近くの空いた席を持って来て、美紀の真向かいに座る。
「いただきます……」
美紀は黙々と食を進める。私は美紀に話しかけるタイミングを図りながら、自分のお弁当を口にする。
「……………………」
なかなか美紀に話しかける良いタイミングが来ない。このままじゃ食べ終わっちゃうよ……
「ね、ねぇ美紀……」
少し強引だけど、食事の途中で話しかけてみる。
「ん……?」
「その、あのさ…… 今日は何だか元気が無いみたいだけど、何かあったのかな?」
美紀はしばらく私から目を逸らして、口を開いた。
「ううん、何でもないよ」
う〜ん、流石に無理矢理過ぎだったみたい。
もうこれ以上は何を聞いても無駄かもしれないから、今日はもう諦めるべきかな……?
いや、もしもの時に備えて美紀の相談相手になるのも大事だよね……!
「あ、あのさ…… もし我慢出来ない事とかが出来たら、私で良かったら相談に乗るよ? だから、その…… 遠慮なく言って良いからね!」
「……じゃあ、その時になったらかなえを頼っちゃおうかな」
美紀が作り笑いで返事してくれた。私はそんな美紀を見て、何だか胸が締め付けられる感覚があった。
“美紀の助けになりたいなぁ……”
美紀がああなった原因を考えながら、私は美紀の笑顔を取り戻すと固く決意した。
“その為にも、まずは美紀の知り合いから話を聞いてみよう……”
私は家に帰ってすぐ家を出てある場所へと向かった。その場所にあるのは、街の人が時々訪れる立派な神社。
この神社には、美紀の事をよく知る巫女さんが美紀と一緒に住んでいる。
「はぁ、はぁ…… やっと着いた……」
階段を上り切りその場で息を切らしていると、巫女さんが歩み寄って水を差し出してくれた。
「大丈夫ですか? 私に何か話がある様ですけど……」
「あ、お水ありがとうございます……」
この人が、美紀の事をよく知る巫女さん。毎日忙しい中、今日は美紀について話をしてくれるんです。
美紀に私が神社にいる事を知られない様に、縁側に座って学校での美紀の様子を話した。
「なるほど…… 美紀が学校で笑顔を見せなくなって、楠木さんはそんな美紀を心配してくれているんですね」
「はい…… 昨日の美紀はとても元気だったんですよ? でも今日は全く元気が無くて、何処か人に心配されたくない態度もとってましたし……」
巫女さんは私の話をもとに、顎に手を当てて何か考えていそうな雰囲気をみせた。
多分、巫女さんなら昨晩の美紀を知ってるから、何か心当たりがあっても全然おかしくないはず。
「……あ」
「何か心当たりが?」
巫女さんは私に、昨夜の美紀の様子を話してくれた。
「実は、学校から帰って来た時から美紀は既に暗くて、食事もまともにとってなかったの。それに、いつも私にくっついてくるのに夕食もほとんど食べずに一人で部屋にこもって塞ぎ込んでいたんです…………」
巫女さんは美紀の部屋の方を見る。私も巫女さんが見ている方へ目を向ける。
美紀の部屋にはカーテンが閉められて、外からじゃ何も見えなくなっていた。
「あの、美紀は巫女さんに対して何も話してないんですか? それについて意味深っぽい話とか……」
「う〜ん、美紀から話は何も聞いていませんね。ただ……」
ただ……?
「私の前で、涙を見せていました…………」
私はふと、美紀が受けた事を想像してしまう。
暴行?
金銭トラブル?
セクハラ?
盗撮?
そう言えば、美紀はバス通いだから痴漢被害もあり得るし……
そういう可能性は大いにある。でも下手に手を出すと、美紀から拒絶されてしまう。
ここはもっと慎重に行動しないと…………
「巫女さん、お話ありがとうございます。私はもう帰りますね」
「あの、楠木さん」
帰ろうとしていた時、巫女さんに呼び止められた。
そして、巫女さんは私の手を優しく握った。
「どうか美紀の事を、代わりによろしくお願いします」
「…………はい」
夜寝る前の少し空いた時間。私は思い切って美紀に電話をする事にした。
美紀がもし電話に出て来なかったら寝ているか、最悪誰かがスマホを取り上げてる可能性も頭に入れている。
出来れば、そうならない事を祈って呼び出しボタンを押した。
(〜……)
出るか出ないか。それが問題だけど…………
(プツッ……)
繋がった……!!
「もしもし、美紀? 今どこにいるの⁉︎」
『あっ、かなえ…… どうしたの? こんな時間に……』
美紀の声はどこか疲れた様な喋り方で、少し息が荒いのか呼吸の音が定期的に入ってくる。
「その、巫女さんから話を聞いてね…… ちょっと美紀が心配で」
『あぁ、神社に来てたんだね…… 大丈夫だよ。私はいつも通りだから』
その時だった。通話してる人のそばを車が通り過ぎた様な音が突然スマホから鳴った。
つまり、美紀は今外にいる事になる。
「…………何か、あったんでしょ?」
『……………………』
ついに美紀が静かになってしまった。うぅ、ちょっと深入りし過ぎたかな……?
しかし、美紀はまだ深刻な状態じゃなかった。むしろ、私の行動を読んだのか何処か察した様な口調で話し始めた。
『何だか、今のかなえって小夜ちゃんみたいだね……』
「小夜ちゃんみたい……?」
「小夜ちゃん」って確か、今日私と話した巫女さんの名前だったはず。
『私が今まで傷付く出来事を隠してもね、小夜ちゃんの前では隠し切れないんだよ。何もかも全部お見通しなんだ。それをかなえが同じ事をしてるから、小夜ちゃんに似てるなぁ〜って思って…………』
美紀が「はぁ〜」と息を吐く音を、通話マイクが拾う。
『ねぇ、かなえ…… 頼っても良いかな?』
「うん。頼って良いよ」
私は耳元に入る音に集中する。そして、美紀は私に悩みを打ち明けてくれた。
その悩みは、私の想像を絶する内容だった。
『私ね、妊娠してるの…………』
頭の中が真っ白になった。
美紀が、妊娠…………?
「そっ、それって、その…………」
『妊娠は妊娠だよ。私のお腹の中に、赤ちゃんがいるんだよ……』
「そっ、それってさ…… まだ決まった事じゃ––––」
『妊娠検査薬でね、陽性だったんだよ……』
この時、私はふと頭の中で美紀に何があったのか。それが分かってしまったかも知れなかった。
「まさか美紀………… 誰かの道具にされてるの?」
美紀は黙っている。
「弱みを握られてるとか、無理矢理妊娠させられたとか……?」
美紀は黙っている。
「そんな事…… 無いよね?」
美紀に限って、そんな事あり得ない。そう自分に言い聞かせているが…………
『…………ごめんね』
心の何処かで、こんな現実を信じられない自分がいる。しかし美紀の一言は、私の心に深く突き刺さる。
「もう警察に言おうよ。きっと捕まるから。美紀にそんな事をする人達なんてさ……」
『……………………』
お願い…………
『……そうだね。証拠なんて一杯あるからね。かなえの言う通りきっと捕まるよね』
「うん…… だからお願い、もうそんなのやめようよ?」
『うん…… その代わり、かなえにして欲しい事があるけど聞いてくれる?』
美紀が私にして欲しい事って、何だろう……
『こんな私でも、かなえだけは私の味方になってほしい……』
「うん、私は美紀の味方だよ」
『うん。じゃあ、おやすみ』
美紀との通話が切れた。私は今やれる事はやった。スマホを耳から離して窓から見える夜景を眺める。
とても綺麗で、見慣れた夜景。
「美紀……」
美紀が妊娠。
この事がもし、あと五年も後に言われていたら良い知らせだったはず。
でも、美紀は一八歳。このまま子供を作っても養えるはずがない。
“やっぱり、美紀は望まない妊娠を……?”
いや、まだ見方がある。
美紀が恋人との事で揉めた、という話は聞いていない。となると他の人に無理矢理求められた可能性だってあるよね。
と言う事は、美紀はその人の言いなりにされている。そう言う事になってしまうから……
美紀の恋人から不倫と思われたら、美紀は深い絶望のあまり自暴自棄に陥るんじゃ……!
こんな時、グリムがいてくれたら…………
「……ううん、そういうのは駄目だよね」
ベットに潜り、目を閉じる。
“このまま美紀が何も解決出来なかったら…………”
きっと、私の想像出来ない事が起こるはず。だからこそ、私は少しでも美紀の助けになりたい。
美紀の幸せな人生を絶対に守りたい。そう決意しながら、私は眠りについた。
卒業まで残り一日。
美紀は今日、学校に来なかった。
いつもの帰り道を歩いていたけど、美紀がどうも気になって仕方がない。
まだ家に帰ってないけど、今しかチャンスが無いと感じた私は急いで神社へ走った。
「美紀……!!」
神社に来たが、やっぱり外には巫女さんしかいなかった。
「楠木さん…… 美紀なら部屋ですよ」
巫女さんに案内され、美紀の部屋に入る。
「美紀、楠木さんが入るよ」
部屋に入ると、美紀はパジャマ姿でベットの上でぐったりしていた。
髪もボサボサで目は虚ろ。虚無を感じる程の変わり様だった。
「美紀、私の声が聞こえる……?」
美紀からの反応はかすかにあった。ゆっくり動き出し、上半身を起こして私をジッと見つめてくる。
「あ、あのさ美紀…… 卒業式は出られるかな?」
美紀の口を見て、何を喋っているかは分かった。
でも、肝心のセリフが…………
『無理かもしれない』
隣にいた巫女さんが、美紀の言葉を代弁してくれた。
以心伝心の関係だからこそ出来る、ツーカーの仲だった。
「その…… 美紀はさ、無理矢理身体をめちゃくちゃにされてるんだよね? 決して出来心とかじゃなくてさ……」
美紀の口を見てから、私は巫女さんを見る。
『うん、嫌って言っても向こうが無理矢理に私を裸にして、口や大事なトコロを……』
美紀の目には、少しだけ涙が浮かび上がってきた。
そして、変わり果てた美紀を見て、こんな姿にした相手に対し強い怒りを感じる。
「明日は私達の卒業式なのに、そういう時期に限って女の子の純潔を奪う人がいるなんて、最低だよ………… どうして美紀が不幸にならなきゃいけないの……?」
美紀に怒っている自分を見られない様に俯いて、手を強く握りしめる。
「どうして、どうして……」
その時、美紀が巫女さんの助けを借りながらベットから降りた。そして机に置いていたスマホを手に取り、私に差し出した。
「これは……」
「……………………」
美紀の口が前よりもハッキリ動いている。けど、声が出ていない。
「お願いします、巫女さん……」
巫女さんは美紀の口元を見て、私に通訳してくれた。
『ボイスレコーダーで証拠を記録したから、明日学校にそれを持って保健室の先生に渡してほしい』
美紀のスマホを受け取り、電源を入れてみる。バッテリー残量には、まだ余裕があった。
「ありがとう、美紀。私に話をしてくれて…… 絶対に美紀を助けるから」
少しでも美紀の心を癒せる様に、美紀を抱きしめる。前にした時みたいに、体を密着させる様に抱きしめる。
「それじゃあ、また明日ね」
美紀から離れて、部屋を出ようとする。美紀は精一杯の笑顔で、私をジッと見つめる。
私には、何となくだけど「またね」と言っている気がした。
夜の十時過ぎ。ベットの中で美紀のスマホを起動し、ボイスレコーダーを起動した。
そこには、二つの記録データが残っていた。それぞれのデータには一週間前と昨日の日付が記されていた。
「ここに、美紀が……」
指を近付けて、音声を聴こうとした。
「……………………」
そして、私は一週間前の音声を耳にした。
『すみません、伊藤ですけど〜。先生、いますかー?』
恐らく、職員室で美紀が先生を呼んでいる場面だと思う。人の声がほとんど入ってない辺り、多分放課後の時間なんだろうなぁ……
『おぉ、来てくれたのか美紀』
「ウソ…… 櫻井先生……⁉︎」
美紀が呼んでいた先生は、私のクラスの担任である櫻井先生だった。
そして、ずっと聞き流していると……
その時間が、やってきた。
『先生ッ⁉︎ 何してるんですか? やめてください‼︎』
『何を勘違いしてるのかなぁ? 僕は美紀が好きなんだよ……』
『何言って…… ウソ、ソレって––––』
『ホラ、口を開けてごらんって美紀。別に毒入りとかじゃないんだから大丈夫だよ。ホラッ!』
『んンッ…… ンんっ……』
そして、美紀の気持ちに反して先生は自分がしたい事全てを美紀にぶつけていった。
“ひどい…………”
あまりにも生々しい記録に、もはや電源を切る事が出来なかった。
そして、美紀がどんどん穢されていく様子の音声を、私は最後まで真剣に聴き続けた。
少しでも、美紀の涙と心の傷を理解する為に…………………
卒業式当日。卒業生達は皆体育館の手前で配置についている。
……学生最後の日も、美紀は学校に来なかった。
「よし、今日で最後の日だ。皆しっかりするんだぞ」
美紀にひどい事をした櫻井先生が卒業生達の様子を伺っている。そして美紀が今日そこにいるはずだった隣のクラスの列を見て、
「卒業式の日に体調不良とはなぁ……」
一言だけ呟いた。
「さぁ、音楽が鳴ったから静かに! 落ち着いて行くんだぞ……」
そしてついに、私達の卒業式が始まった。
「…………」
校長先生から卒業証書を受け取っている前の人達。そして、私の名前があの担任によって読み上げられる。
『楠木 かなえ』
「はい……‼︎」
校長先生の前に立ち、卒業証書を受け取りお辞儀をする。
自分の席に座った後も、隣のクラスにある空いた席が気になって仕方がなかった。
“こうしている間に、もし美紀に何かあったら…………”
そう思っている内に、卒業を祝う歌が始まった。
卒業生と在学生。それぞれのセッションによる歌唱が、全生徒の心を優しく刺激する。
泣いている生徒もいれば、泣いていない生徒もいる。歌えない程感情が爆発している生徒もいれば、最後まで落ち着いた表情で歌った生徒もいる。
こうして、卒業式は無事に修了した。
「失礼します……」
美紀のスマホを片手に、私は保健室に入った。最初は私が体調不良になったと思っていた保健の先生は、美紀が櫻井先生にひどい事をされたが為に欠席続きになっている事を知ると、とても悲しげな表情を見せた。
「これは美紀から直接受け取った証拠です。警察はこれで動いてくれるでしょうか……?」
保健の先生はスマホを手に取って記録された音声を聴き、机に置いた。
「そうね…… 今すぐに動けるとは限らないけど、やれるだけやってみましょう」
「はい、よろしくお願いします」
“巫女さんと美紀にも知らせないとね……”
保健室で警察に電話をし、警察も動いてくれた事を報告しようと神社に向かった。石階段を上り鳥居をくぐった時、外で巫女さんが突っ立っていた。
何だか、ソワソワしていたみたいだったけど…………
「あっ、楠木さん……‼︎」
巫女さんが私に気付くなり駆け寄って来た。巫女さんが激しく戸惑っている様子からして、私は何か嫌な予感を感じてしまう。
「巫女さん、一体何が……」
よく見ると、巫女さんの目からは涙が溢れていた。それを見た瞬間、最悪の事態が脳裏に浮かんだ。
「まさか、美紀が…………?」
急いで美紀の部屋に駆け寄って、扉の前に立った。
「美紀ー、かなえだけど入って良いかな?」
ノックをしても反応が無い。目の前にあるかもしれない現実を信じたくないけど、私は勇気を出して扉を開けた。
「美紀…………?」
そして、私は美紀を見た。
美紀は、宙に浮いていた。
床から数十センチも。
でも、よく見ると美紀の首元からは、もう二度と見たくない物が掛かっていた。
それは、細いロープだった。
「美紀……? 嘘だよね…………?」
美紀は、首を吊って自殺していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……………………」
それから時間が経ち、櫻井先生は警察に捕まった。これで私のお話自体は終わりなんだけど、今でも美紀の死が頭から離れない……
美紀を救えたと思ったのに、実は既に手遅れだったなんて…………
でも、いちいち思い出していちゃ駄目だよね。それに私には今、お腹には子供がいるから……
この子にはせめて、美紀が欲しかった幸せを掴んでほしいから…………
「ふふ、早く子供の顔が見たいなぁ…………」





