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【完結】万年桜の生贄婚 〜咲かぬ桜の神と生贄少女の一年契約〜  作者: 葉南子@「ツキヨム」コン大賞・楽曲化
第三章 桜の神の恋敵

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第二十四話 再来

 翌朝、奈珠那はいつもより少し早く目を覚ました。

 今日は炊事当番。奈珠那が台所に立つことは、もう特別なことではなくなっていた。

 水で冷えた指先をすり合わせながら米を研ぐ。白く濁った水を何度か替え、土鍋に移して水に浸す。その間に竈へ火を入れ、野菜を刻み、味噌汁用の鍋を用意する。

 薪がぱちぱちと弾ける音と、まな板に包丁が触れる小気味よい音が、雪の舞う静かな朝に溶け込んでいった。


 火が落ち着いたところで、土鍋の水加減を確かめる。蓋を閉め、火にかけること数十分。炊き始めの米の匂いが、ふうわりと台所に広がった。

 味噌汁の鍋からも、ほのかな湯気が立ちのぼる。切った野菜を入れながら、奈珠那はふと昨日のことを思い出していた。


“──俺がお前を離すことも、ない”


 瓊環の言葉が胸に残ったまま離れない。あの低い声も、金の瞳の色も、囲炉裏の火に照らされた横顔も、鮮明に浮かび上がる。

 意識してしまう自分が恥ずかしくて、奈珠那は鍋の中に視線を落とした。湯気に紛れれば、熱のせいにできる。そう思ったのに、胸のざわめきは手を動かしても火加減を気にしても、少しも収まってはくれない。

 お玉を握る指に力を込める。今は目の前の炊事に集中しよう。そう言い聞かせるように、奈珠那は味噌を溶き入れた。


「いい匂いですね、奈珠那様」


 振り向くと、珀弥が耳を揺らしながら顔を覗かせていた。


「もうすぐできますよ」

「やった! 今日は何ですか?」

「焼き魚にしてみようかと」

「オレも手伝います」


 ぱたぱたと忙しなく動く尻尾に、小さく笑みがこぼれた。

 囲炉裏の前に膳を並べ終えたころ、瓊環がいつものように姿を見せた。

 

「瓊環様、おはようございます」

「今朝は魚か」


 短い応答。それでも、瓊環の視線はきちんと膳に向けられていた。

 当たり前に訪れる、朝の景色。火を囲み、他愛のない会話をしながら、穏やかな時間が過ぎていく。


「ごちそうさまでした」


 奈珠那と珀弥が手を合わせたときだった。ふわりと空気が甘く揺れた。昨日も感じた香り。季節外れの、藤の花。


「おはよう。美味しそうな朝食だったね」


 にこりと笑った漣が、いつの間にか当然のように火を囲っていた。


「漣様……!」


 一番に声を上げたのは、珀弥。ぴりっと電気が走るような神気を放った瓊環と、戸惑いに身を固くした奈珠那との間に、さりげなく割って入る。張りつめかけた空気を察したのだろう。

 

「漣様の分までは、ご用意がございませんよ!」

「僕は別につまみ食いしに来たわけじゃないし」


 飄々(ひょうひょう)と返す漣に、瓊環は深いため息をつき、眉間を指先で押さえた。怒りもあったのかもしれないが、それ以上に、腐れ縁の旧友に向ける呆れのほうが強いように見えた。

 

「二度と来るなと言ったはずだ」

「僕は同意した覚えないもん。それに、ご飯が終わるまでは待ってたんだから、そこは褒めてほしいなあ」


 空になった膳を見回して、漣はまたにこりと笑う。


「今日の当番は奈珠那ちゃんなんだね」

「え、ええ、はい」

「さぞ美味しいんだろうなあ」


 言いながら、漣はちらりと瓊環を見やる。その視線には、先ほどまでの軽さがなかった。何かを確かめ、そして納得したような色が一瞬だけ滲む。春光のように穏やかで、どこか儚い眼差し。

 なぜそんな目を瓊環に向けたのか、奈珠那にはわからない。しかし、その一瞬が妙に印象に残った。


「それはもう、奈珠那様の腕前は折り紙つきですよ。瓊環様だって、いつもより箸が進んでいましたから」

「そうなんだ。僕もいつかご一緒させてもらいたいな」

「来るな」


 吐き捨てるような瓊環の拒絶。だが漣は傷つく様子もなく、「瓊環は相変わらずだなあ」と、その頑なさを愛おしむように目を細めた。


「奈珠那、片付けを頼む」

「はい」


 奈珠那は一礼して膳を下げ始める。

 二人分の視線が重なっているのがわかった。目を向けていけない気がして、奈珠那は目を落とし続ける。そのまま障子に手をかけ、静かに閉めた。

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