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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第6話 見違える白銀の小隊長

トントン、トントンッ。


まだ薄暗い早朝の中央大厨房に、リズミカルで心地よい包丁の音が響き渡っていた。


分厚い石造りの窓枠からは、白み始めた朝の冷たい光が差し込み、厨房の空気をピンと張り詰めさせている。


「よし、かまどの火加減はこれで完璧だな。ペティ、こっちの野菜の仕分けはどうだ?」


「バッチリっすよマスター! 俺の『食材直感』が、今日の大根は煮込みに最高だってガンガン告げてるっす!」


エプロンのポケットから顔を出した相棒のペティと軽口を叩きながら、俺、南条悠は朝一番の仕込みを進めていた。


前世の食堂時代から、この静かな朝の仕込みの時間が俺は一番好きだった。

誰にも邪魔されず、ただ食材と向き合い、今日訪れる客の笑顔を想像しながら包丁を握る。


異世界に転生して過酷な要塞都市に放り込まれても、このルーティンだけは変わらない。


その時だ。


ギィィィ……。


大食堂へと続く重厚な木の扉が、控えめな音を立ててゆっくりと開かれた。


ガシャン、チャキッ。


心地よく整った甲冑の擦れる音とともに厨房に姿を現したのは、第5特務遊撃小隊の小隊長、エレノア・ヴェルディだった。


「……おはよう、ユウ殿。朝早くからすまないな」


「おはようございます、エレノアさん。……おや?」


カウンター席へと歩み寄ってきた彼女の姿を見て、俺は思わず手元の包丁を止めた。


昨夜、過酷な遠征から帰還したばかりのボロボロだった『鬼の小隊長』の面影は、そこには微塵もなかったからだ。


腰まで届く美しい白銀のストレートロングヘアは、土埃や血の汚れが完全に落とされ、朝の光を反射して絹糸のように眩しく輝いている。


血の気が引いていた白い頬はふっくらと健康的な桜色を取り戻し、サファイアブルーの澄んだ瞳からは、長年の激戦による深い疲労の色が綺麗に消え去っていた。


「ひょ~!! 小隊長さん、すっげぇいい顔色っすね! 昨日のプリンの栄養が、ダイレクトにお肌に直撃してるっすよ!」


ペティが柄の青い魔石をパチパチと点滅させながら、面白そうに囃し立てた。


「なっ……! しゃ、喋る短剣! 朝から何を不躾なことを言っているんだ……!」


エレノアはサッと耳たぶまで真っ赤に染め上げ、慌てて視線を逸らした。


だが、いつものように声を荒らげて怒るようなことはなく、その桜色の口元には隠しきれない柔らかな笑みが浮かんでいる。


「ペティの言う通り、とてもいい顔色をしていますよ。昨夜はぐっすり眠れたようですね」


俺がふきんで手を拭きながら優しく微笑みかけると、エレノアは少しだけ気恥ずかしそうにコクリと頷いた。


「あ、ああ……お陰様で。泥のように眠るとは、まさにあのことだな。これほどまでに熟睡できたのは、要塞に来てから初めてかもしれない」


そう言ってから、彼女はハッとしたように眉をひそめ、申し訳なさそうにうつむいた。


「うっ……だが昨夜は、その、あまりにも不甲斐ない姿を見せてしまったな。騎士団の規律を司る者として、食欲に負けて浅ましい姿を……少し、恥ずかしい限りだ」


「いいえ、あなたは立派に部下を連れて帰ってきた。誇るべき成果ですよ」


俺はカウンター越しに、彼女のサファイアブルーの瞳をまっすぐに見つめ返した。


「休むことは怠けることではない。心に栄養を蓄える時間なのだから、恥ずかしがる必要はありません」


俺の言葉に、エレノアは小さく息を呑み、瞳を大きく見開いた。


彼女の胸の奥で、長い間カチコチに凍りついていた見えない鎧のようなものが、温かく溶けていくのが手に取るようにわかる。


「心に、栄養を……か」


エレノアは、剣ダコが刻まれた自分の小さな両手を見つめ、ふっと柔らかい息を吐き出した。


「不思議だな。これまで私は、成果を出して戦い続けなければ、自分には生きている価値も居場所もないと思い込んでいた」


彼女の横顔が、朝日に照らされて優しく輝く。


「だが……こうして美味しい食事をとり、温かい言葉をもらい、しっかりと眠るだけで、世界がこんなにも鮮やかに、息がしやすく感じるなんてな」


「それが、人間にとって本来の当たり前の日常ですからね。さあ、今日も一日を元気に始めるために、まずは胃袋を優しく起こしてあげましょう」


俺は自身のスキル『絶対鮮度アイテムボックス』を展開し、光の空間に手を入れた。


「おっ、マスター! 今度は何を作るっすか? なんか、すっげぇ爽やかで甘い匂いがするっすよ!」


ペティが興味津々といった様子で身を乗り出す。


俺が取り出したのは、ネルおばちゃんの店で仕入れておいた一束の新鮮なミント系のハーブと、大樹海近郊で採れるという赤い果実『サン・ベリー』、そして柑橘系の黄色い木の実だ。


「今日は、『薬草とフルーツの朝ジュース』を作ります。遠征の疲れがまだ少し残っている体に、ビタミンと爽やかな酸味を補給してもらうんだよ」


「じゅーす……? 果実の汁を搾るのか?」


エレノアが不思議そうに小首を傾げる。


「ただ搾るだけじゃありませんよ。ハーブの香りと果実の甘みを、一番良い状態で引き出します」


俺は手際よく果物の皮をむき、ハーブと一緒に専用の石のすり鉢へと入れた。

そして、すりこぎを使ってトントン、ギュッギュッと丁寧に押しつぶしていく。


シャカシャカ、キュッ、キュッ。


静かな厨房に、果肉が弾け、ハーブの繊維が心地よくすり潰されるリズミカルな音が響く。


「ひょ~! すっげぇいい匂いっす! マスター、刃物で細かく切るんじゃなくて、あえてすり潰してるんすね!」


「ああ。金気かなけを嫌う果実もあるし、ハーブはすり潰すことで細胞組織が壊れて、香りの成分である精油が一気に爆発するんだ」


俺がすりこぎを回すたびに、フレッシュな柑橘系の甘酸っぱい香りと、ミントのような清涼感のあるハーブの香りが混ざり合い、朝のひんやりとした空気を一気に華やかに彩っていった。


「くっ……な、なんて爽やかな香りだ。嗅いでいるだけで、口の中に唾液が……」


エレノアがカウンターに身を乗り出し、サファイアブルーの瞳をキラキラと輝かせている。


「よし、ペティ。このハーブと果汁の配合はどうだ? 酸味を引き立てつつ、苦味を消したつもりだが」


「完璧っすマスター! 『食材直感』が太鼓判を押してるっす! この黄金比率なら、寝起きの胃袋を優しく刺激して、食欲を爆発させる最高の仕上がりっすね!」


「よし。仕上げに、少しだけ冷たい湧き水を加えるぞ」


俺はすり鉢の中の果汁を茶こしで丁寧に濾しながら、透明な専用のグラスへと注ぎ込んだ。

そこに、アイテムボックスで冷やしておいた薄い氷をカランと浮かべる。


「ほら、どうぞ。冷え切った胃袋を優しく目覚めさせてくれますよ」


俺はグラスを、カウンター越しにエレノアの目の前へとそっと差し出した。


中身は、朝の太陽光を反射してキラキラと輝く、淡いピンク色の美しいジュースだ。


「これは……すごく綺麗な色だ。まるで、春の朝焼けみたいだな」


エレノアは両手でグラスを大切そうに包み込み、そっと鼻を近づけた。


「ふわりと甘酸っぱい香りがする……。飲む前から、喉が鳴ってしまいそうだ」


彼女は小さく深呼吸をすると、緊張した面持ちでグラスの縁に桜色の唇をつけた。

そして、ほんのひとくち、ゆっくりと冷たい液体を喉へと流し込む。


コクン。


「ぬ、ぬぅ……っ!?」


エレノアの体が、またしても見事なまでにピタリとフリーズした。

グラスを持ったまま、サファイアブルーの瞳が驚愕に限界まで見開かれている。


(な、なんだ、この体中を駆け巡る爽やかさは……っ!)


口に入れた瞬間、サン・ベリーの濃厚な甘みと、柑橘のキリッとした酸味が、舌の上でパチパチと心地よく弾けた。


遅れてやってくるミントハーブの清涼感が、寝起きのぼんやりとした頭と体を、一気にクリアな世界へと引き上げていく。


冷たいジュースが食道を通り抜け、胃の腑に落ちた瞬間。

じわじわと全身の細胞にビタミンが染み渡り、昨夜まで残っていた微かなだるさが、嘘のように消え去っていく感覚があった。


「美味しい……! 甘酸っぱくて、身体のすみずみまで、綺麗な水が染み渡るようだ……!」


エレノアは感動に震える声で呟くと、今度は我慢できないといった様子で、グラスを傾けた。


コクン、コクン、コクンッ!


「ぷはぁっ……!」


一気にグラスの液体を飲み干し、エレノアは大きく息を吐き出した。


空になったグラスをカウンターに置いた彼女の頬は、先ほどよりもさらに健康的な赤みを帯び、生命力に満ちあふれていた。


「どうですか? 目が覚めましたか?」


「ああ、完璧に目が覚めた! 体の芯から力が湧いてくる! これなら、どんな巨大な魔物が相手でも、一歩も引かずに戦えそうだ!」


エレノアは勢いよく立ち上がり、力強く拳を握りしめて見せた。


その表情は、出会った頃の殺伐とした鬼の小隊長ではなく、自信と希望に満ちあふれた、年相応の最高に魅力的な女性のそれだった。


「それは頼もしいですね。それじゃあ、本命の朝食の準備を始めますか」


俺が満足そうに頷き、白いエプロンの紐をギュッと結び直した、その瞬間だった。


ドバァァンッ!!


大食堂へと続く重厚な木の扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの凄まじい勢いで蹴り開かれた。


「アニキ――っ!! 今日の朝飯は何だ――っ! 腹が減って背中と腹がくっつきそうだぜーっ!」


静かな朝の空気を一瞬にして掻き乱す、野太く豪快な声。


そこに立っていたのは、身長二メートル近い巨体を揺らす、第1大隊長のバルトだった。


その後ろからは、お腹を空かせた大柄な男騎士たちが、獲物を狙う群れのようにドヤドヤと雪崩れ込んでこようとしている。


どうやら、俺の静かで穏やかな朝の時間は、ここまでらしい。


【次回予告】


腹ペコの巨漢・バルトが厨房に突撃!

さらに賑やかさを増す中央大厨房で、男たちの胃袋を満たす絶品朝食とは!?

次回第7話「むさくるしい訪問者たち」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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