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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第3話 厨房から漂う禁断の香り

「おっ……おい、おっさん……! 何する気っすか!? そんな赤い肉、ただでさえ血生臭いのに、ニンニクやら生姜やらそんなに揉み込んで、一体どうなっちまうっすか!?」


俺の白いコックコート風エプロンのポケットから身を乗り出した相棒のペティが、柄の青い魔石をパチパチと激しく明滅させながら甲高い声を上げた。


「ただ焼くだけじゃ、固くて嫌な臭みが残ってしまうからね。こうやって特製の醤油ダレを下味としてじっくり揉み込んで、肉の繊維を内側から優しく解ぐしてやるんだよ」


俺、南条悠は、分厚いガラスのボウルの中でホーンラビットの肉を手際よく揉み込みながら、静かに答えた。


すりおろした大量のニンニクと生姜。

それに加えて、市場のネルおばちゃんからもらった甘みのある果汁を、隠し味として少々。

これらが魔獣肉の硬いタンパク質を分解し、加熱してもパサパサにならない、驚くほど柔らかな食感を生み出してくれる。


「食材の痛みを抜き、内に秘めた旨味を咲かせるのが、俺たち職人の仕事だからな」


トントン、と軽くボウルの底を叩き、タレが肉の奥深くまで完全に染み渡るのを待つ。

すでにこの段階で、醤油とニンニクの食欲をそそる香ばしい匂いが、ボウルの中からふわりと立ち上り始めていた。


「ふ、ふん……手際だけは一丁前のようだな」


カウンター席の端で、重厚な白銀の甲冑をキシりと鳴らしながら、エレノアが小さく呟いた。


腰まで届く白銀のストレートヘアを揺らし、サファイアブルーの瞳で俺の手元をじっと睨みつけている。

その表情は相変わらず険しく、野戦病院に運び込まれた負傷兵のように、警戒心に満ちあふれていた。


「だが、無駄な足掻きだ。どのような小細工を施そうと、魔物の肉は魔物の肉。腹を満たす以上の価値など……」


言いかけたエレノアの言葉が、ぴたりと止まった。


俺がかまどの魔導コンロの火力を一段階強め、分厚い鉄鍋の中に黄金色の油をたっぷりと注ぎ込んだからだ。


ゴォォォ……ッ。


青い魔導の炎が鍋底を熱し、やがて油の表面がゆらゆらと揺らぎ始める。


「ペティ、油の温度を見てくれ。170度ぴったりでいきたい」


「任せるっす! 俺の『食材直感』にかかれば油の温度なんて一発っすよ! ……いま、ちょうど170度っす! 最高の揚げごろっすよマスター!」


「よし、いくぞ」


俺はタレにじっくり漬け込んだホーンラビットの肉に、薄く、しかし均一に衣を纏わせると、静かに熱い油の中へと滑り込ませた。


じゅわぁぁぁぁぁ……ッ!


静寂に包まれていた夜の中央大厨房に、鮮烈で軽やかな揚げ音が響き渡る。


「ひょ~! すっげぇ音っす! パチパチいって、衣が花開いていくっすよ!」


「一気に油の温度を下げないように、少しずつ入れていくのがコツだ」


油の中を泳ぐ肉の周りから、細かな泡が勢いよく立ち上る。

それと同時に、タレに含まれた醤油の圧倒的な香ばしさ、ニンニクと生姜のパンチのある風味が、熱気とともに厨房の空気を完全に支配し始めた。


「くっ……!?」


カウンター席で腕を組んでいたエレノアが、ハッと息を呑むのが見えた。


香ばしく、どこか甘やかで、猛烈に食欲を刺激する未知の香りが、彼女の綺麗な鼻腔を直接くすぐったのだ。


「な、なんだこの香りは……!? 単に肉を火に通しているだけではないのか……!?」


「これは『油で揚げる』という調理法ですよ、エレノアさん。衣で肉の旨味と水分を閉じ込め、外はサクサク、中はジューシーに仕上げるんです」


「さ、サクサク……ジュ、ジューシー……!?」


聞き慣れない魅惑的な響きに、エレノアの喉がゴクリと小さく動いた。

彼女のサファイアブルーの瞳が、油の中で美しいきつね色へと変わっていく肉の塊に完全に釘付けになっている。


「マスター! 肉の表面が固まって、中に旨味の肉汁が閉じ込められたっす! 浮かんできたっすよ!」


「ああ、良い揚げ色だ。よし、一度引き上げるぞ」


俺は網で肉をすくい上げ、手元に用意した金属のバットの上に等間隔で並べた。

パチパチパチ……と、衣に残った油を切る軽快な音が、余韻のように響く。


「えっ……? お、おっさん、まだ中まで完全に火が通ってないんじゃないっすか?」


ペティが不思議そうに声を上げる。

カウンターの向こうのエレノアも、お預けを食らったような顔でかすかに眉をひそめた。


「これでいいんだ。ここから三分間、肉をバットの上で休ませる。『余熱調理』だよ」


「よ、よねつ……?」


「熱い油から引き上げても、肉の表面に残った熱はじわじわと中心に向かって入り続ける。こうして少し休ませることで、肉が硬くならず、旨味の肉汁が中心にしっかりと留まってくれるんだ」


俺がバットの上の肉を見つめながら説明すると、油から引き上げられた肉から、湯気とともにさらに濃厚で暴力的な香りが立ち上った。

熱せられた醤油とニンニクの匂いが、逃げ場のない厨房の空気を隙間なく埋め尽くしていく。


「く……す、凄まじい匂いだ……。これが、あの硬くて臭いホーンラビットの肉だというのか……?」


エレノアは必死に背筋を伸ばし、冷厳な鬼の小隊長としての態度を保とうとしていた。


だが、三分間というこの『待ち時間』は、空腹で限界を迎えている彼女にとって、拷問にも等しい時間だった。

香ばしい匂いが絶え間なく彼女の理性を削り取り、胃袋を容赦なく刺激し続ける。


微かに朱に染まった彼女の白い頬。

膝の上に置かれた小さな手が、震えを抑え込むように強く、白くなるほどに握り締められている。


「……ッ」


コクリ、と。

静かな厨房に、エレノアが生唾を飲み込むかすかな音が響いた。

彼女の視線はバットの上の唐揚げから1ミリたりとも離れることができない。


「さて、肉汁が落ち着いたな。ここから一気に仕上げる。油の温度を190度まで上げるぞ」


「了解っす! 温度上昇……よし、今っすマスター!」


俺は火力を最大まで引き上げ、休ませていた唐揚げを再び高温の油の中へと投入した。

仕上げの『二度揚げ』だ。


ゴァァァァァッ!!


じゅわぁぁぁ、という先ほどよりも一層激しい音が弾け、香ばしさが爆風のように厨房内を駆け巡った。


これで外側の衣の水分が完全に飛び、冷めてもサクサク感が失われない完璧な唐揚げになる。


「ひょ~! 衣がカリッカリに立ってきたっすよ! 匂いが……匂いの暴力っす!」


エレノアの肩が、びくっと跳ね上がる。

高温の油が引き出した極上の香気の暴力が、ついに彼女の限界を打ち砕いた。


連戦の疲労、冷え切った体、そして空っぽの胃袋。

そこへ容赦なく叩き込まれた禁断の香り。


ぐぅぅぅぅぅ~~~~っ……!!!


静まり返った厨房に、先ほどよりも遥かに大きく、情けないほどに盛大な音が響き渡った。

エレノアのお腹が、悲鳴のような歓声を上げたのだ。


「あ……っ!?」


エレノアは瞬間的に凍りつき、両手でお腹を固く押さえた。

白銀の髪の隙間から覗く耳の先端まで、一瞬にして真っ赤に染まり上がる。


「ひょ~!! 出たっす! 小隊長さんの腹の虫、大爆発っすね!」


「つ、違う! い、今のは……要塞の外で吹いている風が鳴った音だ! 決して私の腹などでは……っ!」


必死に弁明しようとするエレノアだったが、その声は上ずり、サファイアブルーの瞳にはうっすらと恥ずかしさの涙さえ浮かんでいた。


「ふふ、風の音にしては、随分と勢いがありましたね」


俺は苦笑しながら、見事なきつね色に揚がった唐揚げを網ですくい上げ、白い大皿へと手際よく盛り付けた。

千切りにした新鮮な近郊野菜をたっぷりと添え、カットしたレモンを横に置く。


「……バカを言うな! 私は騎士だ! この程度の匂いに惑わされるような軟弱な胃袋は持ち合わせておらん!」


「はいはい。まあ、風の音だとしても、お腹が空いていることに変わりはありませんよね」


俺は大皿を両手で抱え、カウンター越しにエレノアの目の前へとそっと置いた。


湯気とともに立ち上る、暴力的なまでに香ばしい醤油とニンニクの香り。

黄金色に輝くサクサクの衣と、そこからチラリと覗く溢れんばかりの肉汁の照り。


「……ッ!」


エレノアは息を呑み、思わず上半身を後ろへと引きかけた。

だが、その瞳は皿の上の唐揚げに吸い寄せられたまま、決して離れることができない。


「ホーンラビットの『サクサク絶品から揚げ』です。さあ、冷めないうちにどうぞ」


「だ、だから言ったはずだ! 私はこのような軟弱な料理など……っ!」


「冷めると衣のサクサク感が損なわれますよ。料理人は、一番美味しい瞬間に食べてほしいものなんです」


俺が優しく微笑むと、エレノアは悔しそうに桜色の唇を噛み締めた。


「くっ……お前という男は……っ!」


彼女の小さな手が震えながら伸ばされ、テーブルの上の木製フォークへと向かっていく。


意地と、プライドと、抗えない食欲。

今、孤高の女騎士の頑なな心が、一口の料理を前にして激しく揺れ動いていた。


【次回予告】

ついにフォークが唐揚げを貫く!

サクッという音と共に溢れ出す肉汁に、鬼の小隊長が完敗!?

次回第4話「至高の唐揚げと甘い敗北」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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