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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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24/30

第24話 お肌プルプルと乙女の咲く日

翌朝。


いつものように、まだ外が薄暗いうちから火が入れられた中央大厨房は、温かい湯気と深く濃厚な出汁の香りに包まれていた。


俺、南条悠は、昨日からじっくりと二日越しで煮込み続けていたグランドバイソンのスジ肉が入った特大の鍋を、かまどの弱火にかけながらゆっくりとお玉でかき混ぜていた。


「ひょ~! マスター、昨日の透明な薬膳スープも最高だったけど、今日のはまた一段とヤバい匂いがするっすよ! 俺の魔石が朝からビリビリ痺れっぱなしっす!」


俺の白いエプロンのポケットの中で、相棒のペティが青い魔石をチカチカと明滅させながら、興奮気味に声を上げている。


「ああ。昨日のスープの残りに、特製の醤油ダレとたっぷりの砂糖、それに深いコクを出すための味噌を少しだけ隠し味に加えて、さらに一晩じっくりと煮詰めたんだ」


俺がお玉を持ち上げると、鍋の中の様子がはっきりと見えた。


極限まで柔らかく煮込まれた牛すじ肉が、濃厚で甘辛い飴色の煮汁をたっぷりと吸い込み、とろとろのゼリーのように艶かしく揺れている。

水分の多くが飛び、旨味とコラーゲンだけが凝縮された煮汁は、重たいとろみを持っており、見ているだけで喉が鳴るほどの光沢を放っていた。


「これを炊きたての熱い白いご飯にぶっかけたら、理性を完全に吹き飛ばす極上の『牛すじ煮込み飯』の完成ってわけだ」


俺が味見をしようと小皿にすじ肉をすくい上げた、その時だった。


ギィィィ……。


大食堂へと続く重厚な木の扉が、静かな音を立てて開いた。


「おはようございます、ユウシェフ」


透き通るような、それでいてどこか弾むような、明るく柔らかな声。

そこに立っていたのは、第5特務遊撃小隊の副隊長、セルマ・ロランだった。


「おはようございます、セルマさ……ん?」


俺は挨拶を返し掛けたまま、思わず目を丸くして言葉を失ってしまった。


カウンター席へと歩み寄ってくる彼女の姿が、昨日までとはまるで別人のように、内側から光り輝いていたからだ。


いつもは分厚い重装甲冑の疲労と摩擦で乾燥しがちだった白い頬は、内側から押し返すような驚くべき水分と弾力を湛え、朝の光を真珠のようにツヤツヤと反射している。


栗色のゆるふわなウェーブヘアも、パサつきが一切なくなり、指通りが良さそうなほどに艶やかにまとまっていた。

何より、カウンターの上にそっと置かれた彼女の両手。


分厚い大盾を支え続けたタコや、無数の擦り傷でガサガサに荒れ果てていたはずのその手が。

見違えるようにもっちりと潤い、女性らしい滑らかな白さを完全に取り戻していたのだ。


「ひょおおおっ!? おかん副隊長、すっげぇ! お肌がピカピカのプルプルっすよ! まるでゆで卵の薄皮をツルンと剥いたみたいっす!」


ペティが驚愕の声を上げると、セルマはふわりと花が咲くような、極上の笑顔を浮かべた。


「ふふ……やっぱり、わかりますか?」


彼女は両手で自分のしっとりとした頬を優しく包み込み、うっとりとしたようにタレ目を細めた。


「今朝、顔を洗おうと鏡を見て、自分でも本当に驚いてしまいましたの。お肌の奥から弾力がみなぎって、指が跳ね返されるようで……」


彼女は嬉しそうに、自分の滑らかな指先を目の前で見つめた。


「それに、この手も……。あんなに硬かったタコが嘘のように柔らかくなって、ひび割れもすっかり消えてしまいましたわ。まるでお城にいた頃の手みたいに」


「グランドバイソンの上質なコラーゲンと、リリスさんの薬膳ハーブの相乗効果ですね。それに、セルマさん自身が昨夜しっかりと休息を取れた証拠ですよ」


俺が微笑みながら言うと、セルマは少しだけ小首を傾け、潤んだタレ目で俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「いいえ。ユウシェフが、私を甘やかしてくれたからですわ」


彼女の甘く、しっとりとした声が静かな厨房に響く。


「『働く者の身体は宝物だ』と……私のこの傷だらけの手を、好きだと言ってくださった。あの言葉が、どんな薬よりも私の心と身体を深く潤してくれたんですのよ」


セルマの艶やかな頬が、ほんのりと熱を帯びて桜色に染まる。


おっとりとしたいつもの母性的な包容力の中に、誰かに恋をする純情な乙女の初々しさが入り混じり、同性の目から見てもハッとするほどに色っぽく、美しかった。


「あ、あら……私ったら、朝からなんだか大胆なことを……っ」


自分で言った言葉の気恥ずかしさに遅れて気づいたのか、セルマは慌てて両手で口元を覆い、パニックを起こしたように視線を彷徨わせた。


「ひょ~! おかん副隊長、マスターの無自覚な優しさに完全にノックアウトされてるっすね! 恋する乙女のお肌は、どんな魔法よりも無敵っすよ!」


ペティの遠慮のない冷やかしに、セルマは耳の先まで真っ赤にして「ぺ、ペティさんまでからかわないでくださいな!」と抗議の声を上げた。


「ははは。元気そうで何よりです。さて、お肌の調子が完璧になったところで、今度はすっかり空っぽになった胃袋を満たしてあげましょうか」


俺はかまどの火を止め、自身のアイテムボックスから、炊きたての真っ白なご飯が入ったおひつを取り出した。

大きめのどんぶりに、ふっくらとした熱々のご飯をたっぷりとよそう。


そして、一晩煮込んで美しい飴色になった牛すじ肉と、旨味の限界まで溶け出した濃厚なとろとろの煮汁を、ご飯の上にこれでもかとぶっかける。


ジュワァァァァッ!


熱々の白いご飯に、甘辛い煮汁が染み込む小気味良い音。

それと同時に、焦がした醤油と牛肉の脂の、暴力的なまでに香ばしい匂いが爆発的に立ち上った。


仕上げに、たっぷりの小口切りにした青ネギと、ピリッとした大人の刺激を加えるための少量の七味唐辛子をパラリと散らす。


「お待たせしました。特製・牛すじ煮込み飯です」


俺がずっしりと重いどんぶりを差し出すと、セルマは「わぁ……っ」と歓声を上げ、タレ目をキラキラと輝かせた。


「昨日とはまた違う、すごく濃厚で甘辛い、良い香りがしますわ……! 嗅いでいるだけで、お腹の底がキュッと鳴ってしまいそう」


彼女は木製のスプーンを持ち、煮汁がしっかりと染み込んだ黄金色のご飯と、とろとろの牛すじ肉を一緒にすくい上げ、パクリと小さな桜色の口へと運んだ。


コクン。


その瞬間。


「ぬ、ぬぅ……っ!?」


セルマの動きが、またしてもピタリと完全に停止した。


おっとりとしたタレ目が限界まで見開かれ、スプーンを持ったままの姿勢で完全にフリーズしている。


(な、なんて深いコクと悪魔的な甘み……っ!)


彼女の口の中で、ゼリーのようにプルプルになった牛すじ肉が、噛む間もなくふわりと熱で溶け出した。


昨日よりもさらに極限まで濃縮された牛肉の圧倒的な旨味が、甘辛い醤油と味噌の風味と共に、ふっくらとした白米を一瞬にして極上のご馳走へと変えてしまう。


「……はぁっ……美味しい……っ!」


セルマは熱さと美味しさに目を白黒させながらも、無心にスプーンを動かし続けた。


濃厚なコラーゲンの脂の甘みを、七味唐辛子のピリッとした辛さが絶妙に引き締め、いくらでも食べ進められる恐ろしい無限のループを生み出している。


「んんっ……お肉がとろとろで、ご飯にタレがしっかり絡んで……もう、たまりませんわ……っ!」


艶やかになった頬をさらに紅潮させ、ハフハフと幸せそうに頬張る彼女の姿は、見ているこちらまで心から幸せな気分にさせてくれる。


自分の手で作った料理で、傷ついていた人がこんなにも最高の笑顔を見せてくれる。

料理人冥利に尽きる、最高の瞬間だ。


「あら……ユウシェフってば罪な人。本当に、心までプルプルになりましたわ」


どんぶりを半分ほど平らげたところで、セルマはとろけるような甘い笑顔で俺を見つめ、ポツリとこぼした。


「こんなに美味しくて優しいご飯を毎日作っていただいたら……私、もう自分を愛することの喜びを知ってしまって、ユウシェフなしでは生きていけなくなってしまいますわよ?」


冗談めかして言ったその言葉の奥に、確かな熱情と、俺に対する真っ直ぐな恋心が揺れているのを、俺は感じ取って少しだけドキッとしてしまった。


彼女はもう、過酷な自己犠牲だけで生きる女騎士ではない。

自分自身を大切にできる、一人の美しい乙女として花開いたのだ。


静かで甘い朝の空気が、二人の間を優しく流れていく。

カウンター越しに見つめ合う二人の間に、ほんのりとした温かい沈黙が訪れた。


その時だった。


「……おい、セルマ。お前、朝から何をそんなに幸せそうな顔をしているのだ?」


ギィィィ……と、いつもより少しだけ乱暴な音を立てて扉が開き。

そこには、白銀の髪を揺らした第5小隊長、エレノア・ヴェルディが静かに立っていた。


彼女のサファイアブルーの瞳は、ツヤツヤの肌でユウに熱い視線を送るセルマと、空になりかけのどんぶりを交互に見つめ、どこか不機嫌そうに、細く眇められていた。


「そ、それに……なんだ、その尋常ではない肌のツヤは。昨日の夜まで、激務でボロボロだったはずではないか。一体、この厨房で……ユウ殿と二人きりで、何があったというのだ……!」


エレノアの言葉には、あからさまな動揺と、ほんの少しの……いや、確かなモヤモヤとした嫉妬の色が色濃く混じっていた。


どうやら、平和で甘かった朝の厨房に、新たな波乱の火種が持ち込まれたらしい。


【次回予告】

お肌ツヤツヤのセルマに、エレノアの心中が激しくざわつく!?

小隊長の抱える小さな嫉妬が、厨房に新たな甘い嵐を呼ぶ!

次回第25話「小隊長の小さなモヤモヤ」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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