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『異世界女騎士団の料理番〜冴えないオヤジシェフの無自覚絶品ごはん〜』  作者: はぶさん


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第23話 とろとろプルプルの薬膳スープ

コトコト、コトコト、コトコト……。


まだ薄暗い早朝の中央大厨房に、一晩中絶えることのなかった、穏やかで優しい鍋の沸騰音がリズミカルに響き続けている。


分厚い石造りの窓枠から差し込み始めた朝の冷たい光が、かまどの上の特大鍋から立ち上る湯気を、神々しい黄金色にふんわりと照らし出していた。


「ひょ~! マスター、おはよっす! 鍋の中から、とんでもなく甘くて濃厚な匂いがしてるっすよ! 俺の魔石が朝からうずうずしっぱなしっす!」


俺、南条悠が締めている白いコックコート風エプロンのポケットから、相棒のペティが顔を出した。

柄の青い魔石を激しく明滅させ、鍋から漂う匂いにすっかり興奮しているようだ。


「おはよう、ペティ。どうやら、火加減は完璧だったみたいだな」


俺はふきんで手を拭き、ゆっくりと大鍋の重い蓋を持ち上げた。


ブワァァァァッ!


濃厚な白煙と共に、グランドバイソンのスジ肉から溶け出した圧倒的な旨味の香りと、薬術士のリリスさんが調合してくれた薬膳ハーブの甘く爽やかな香りが、厨房の空気を一気に支配した。


昨日まで大理石のように硬かった赤黒いスジ肉は、今や見る影もない。


澄み切った琥珀色のスープの中で、半透明の黄金色に輝きながら、熱流に合わせてぷるぷると艶かしく揺れている。


「すっげぇっす! 俺の食材直感が、コラーゲンの抽出率百パーセントだって告げてるっすよ! 薬草の成分と肉の旨味が、究極の黄金バランスで完全に融合してるっす!」


ペティが柄をカタカタと震わせて歓声を上げる。


「ああ。硬い繊維が完全に分解されて、極上の『飲む美容液』に仕上がった。これなら、セルマさんの荒れた肌も細胞から生き返るはずだ。あとは、お腹を空かせたお客さんを待つだけだな」


俺が満足げに頷き、お玉でゆっくりとスープをかき混ぜた、その時だった。


ギィィィ……。


大食堂へと続く重厚な木の扉が、控えめな音を立ててゆっくりと開かれた。


「おはようございます……ユウシェフ」


そこに立っていたのは、第5特務遊撃小隊の副隊長、セルマ・ロランだった。

いつも身にまとっている分厚く重たい白銀の重装甲冑姿ではなく、今日は動きやすいゆったりとした私服のワンピース姿だ。


栗色のゆるふわなウェーブヘアを片側に流し、どこか落ち着かない様子でモジモジと両手の指先を絡ませている。

そのサファイアブルーのタレ目は、俺の顔を見るなりサッと床へと逃げてしまった。


「おはようございます、セルマさん。随分と早いですね」


「そ、それは……昨夜、ユウシェフが、とびきりお腹を空かせて来いと仰ったから……私、なんだかドキドキしてしまって、あまり眠れなくて……っ」


セルマはふっくらとした頬をほんのりと桜色に染め、視線を泳がせながらカウンター席へとちょこんと腰を下ろした。


昨夜、彼女のコンプレックスであった荒れた手を「誰かを護ってきた格好いい手ですね、俺は好きですよ」と無自覚に褒めてしまったせいか、彼女の纏う空気が、いつもの頼れるおかんから、完全に純情な乙女へと変わってしまっている。


「ひょ~! おかん副隊長、完全にマスターに胃袋も心もロックオンされてるっすね! 朝からすっげぇ初々しいっすよ!」


ポケットの中で騒ぐペティの冷やかしを指先で弾いて黙らせ、俺はかまどの火をごく弱火に落とした。


「よく眠れなかったのは困りましたが、お腹が空いているなら何よりです。最高の朝食を用意しますよ」


俺は自身のスキルである絶対鮮度アイテムボックスを展開し、光の空間から炊きたての真っ白なご飯が入ったおひつを取り出した。


パカッ。


分厚い木の蓋を開けると、お米特有の優しくてホクホクとした甘い香りが立ち上る。


ホカホカと純白の湯気を立てるふっくらとした白米を、少し大きめのお茶碗にたっぷりとよそう。


そして、深めの木製のスープ皿に、一晩じっくりと煮込んだグランドバイソンの薬膳牛すじスープをなみなみと注ぎ込んだ。


お玉ですくう感触からして、すでにスープには重たいとろみがあり、牛肉の旨味とコラーゲンが極限まで濃縮されているのがわかる。


仕上げに、風味を引き立てるための炒り白ゴマと、彩りの小口切りにした青ネギをパラリと散らした。


「お待たせしました。とろとろプルプルの薬膳牛すじスープと、炊きたての白米です」


俺がカウンター越しにトレイを差し出すと、セルマは「わぁ……っ」と感嘆の声を漏らし、優しいタレ目を大きく見開いた。


琥珀色の澄んだスープの中で、半透明になったたっぷりの牛すじ肉が、器の振動に合わせてぷるんっ、ぷるんっと心地よく揺れている。


湯気と共に漂う、生姜と薬膳ハーブの香りが、寝起きの胃袋を優しく、かつ強烈に刺激する。


「これが……あの石のように硬かったグランドバイソンのスジ肉……? まるで、黄金色の宝石のゼリーみたいですわ」


「ええ。お肌に良いコラーゲンがたっぷりと溶け出しています。まずは、スープからどうぞ」


セルマは「いただきます」と小さく手を合わせ、震える指先で木のスプーンを持ち上げた。


黄金色のスープと一緒に、大きめのぷるぷるの牛すじ肉をすくい上げ、フーフーと息を吹きかけてから、小さな桜色の口へと運ぶ。


コクン。


その瞬間。


「ぬ、ぬぅ……っ!?」


セルマの動きが、ピタリと完全に停止した。


おっとりとしたタレ目がこれ以上ないほどに限界まで見開かれ、スプーンを持ったままの姿勢でカチンと固まっている。


(な、なんだこの、とろけるような食感と暴力的な旨味は……!?)


彼女の口の中で、あんなにも硬かったスジ肉が、歯を立てる間もなく、舌の温度だけでふわりと液状に溶け出したのだ。


噛む必要など全くない。


圧倒的な牛肉の深い旨味と、良質なコラーゲンの甘みが、ジュワァァァッと口内を満たしていく。


それに加えて、リリスの調合した薬膳ハーブの香りが、魔獣特有の臭みを完全に消し去り、後味を驚くほどスッキリと上品にまとめ上げていた。


「……はぁっ……んんっ……!」


セルマは熱さと美味しさに目を白黒させながらも、ハフハフと熱いスジ肉を頬張り、無心にスプーンを動かし続けた。


「美味しい……! お肉が口の中で消えていくのに、旨味だけがずっと残っていますわ……!」


彼女はスープの美味しさに感動し、今度は炊きたての白いご飯を箸で口へと運んだ。


濃厚な牛すじの脂とスープの塩気が、ふっくらとした白米の優しい甘さと絶望的なまでに相性が良い。


ご飯の圧倒的な包容力が、スープの濃い旨味を優しく受け止め、いくらでも食べ進められるような恐ろしい錯覚を起こさせる。


スープ、ご飯、スープ、ご飯。


止まらない無限ループが、武人としての彼女の理性を完全に吹き飛ばしていた。


「ひょ~! おかん副隊長、完全にモグモグタイムに突入っすね! 理性が吹き飛んで、本能のままに食らいついてるっす! すっげぇ幸せそうな顔してるっすよ!」


ペティの言う通り、冷え切っていた彼女の白い頬が、熱いスープと薬膳の効果で、みるみると健康的な桜色に染まっていく。


額にはうっすらと汗が滲み、身体の芯からポカポカと温まっているのが一目でわかった。

一心不乱にスープとご飯をかき込むその姿は、副隊長という重圧から解放された、ただの一人の少女だった。


「んんっ……! コラーゲンが、身体の隅々にまで染み渡っていくのがわかりますわ……っ!」


セルマは両手で熱い頬を包み込みながら、とろけるような笑顔でモグモグと咀嚼している。


過酷な重装備と自己犠牲で荒れ果てていた彼女の心と身体が、この一杯の温かいスープによって、優しく、確かに解きほぐされていく。


やがて、大きなお茶碗のご飯と、たっぷりのスープを最後の一滴まで綺麗に平らげると、セルマはほうっと長い甘い吐息を漏らし、カチャリとスプーンを置いた。


「……ごちそうさまでした。信じられないくらい、美味しかったですわ……」


すっかり空になった器を見つめる彼女の顔には、もう肌荒れやコンプレックスに悩む自信なげな影はない。


ただ美味しいご飯に心を満たされ、全身に活力がみなぎっている、美しい一人の女性の表情がそこにあった。


「お口に合ってよかったです。これで、お肌への栄養補給も完璧ですね」


俺が空の食器をトレイに乗せて片付けながら微笑むと、セルマは自分自身の頬を両手で優しく触った。


「ええ……なんだかもう、お肌の奥からプルプルとした弾力が戻ってきている気がしますわ。手のひらも、ポカポカして潤っています」


彼女は嬉しそうに微笑んだ後、ふと真面目な顔になり、俺の目を見つめた。


「ユウシェフ……本当に、ありがとうございます。私、武人だからと、自分の身体が荒れていくのを、どこかで仕方がないと諦めていましたの」


彼女の優しいタレ目が、微かに潤みを帯びて揺れる。

ずっと一人で抱え込んできた『犠牲』という名の重い盾を、今、彼女はゆっくりと下ろそうとしていた。


「働く者の身体は宝物です」


俺はカウンター越しに、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「仲間を護るために重い盾を構えるあなたは立派です。でも、だからこそ、まずは自分自身を一番大切に、たまには思いっきり甘やかしてあげてくださいね」


俺の言葉に、セルマはハッとして息を呑んだ。


そして、みるみると顔を耳の先まで真っ赤に染め上げていった。


「あ、あら……ユウシェフってば、本当に罪な人……っ」


彼女は両手で真っ赤になった顔を隠すように俯き、ふるふると肩を震わせた。


その豊満な胸の奥で、俺に対する確かな恋心が、コトコトと熱く煮詰まり始めていることに、不器用な俺はまだ気づいていなかった。


静かな朝の厨房は、薬膳スープの甘い名残香と、純情な乙女の温かい吐息に優しく包まれていた。


【次回予告】


薬膳スープでお肌がツヤツヤになったセルマ。

見違えるように美しくなった彼女の姿に、第5小隊も驚愕!?

次回第24話「お肌プルプルと乙女の咲く日」。お楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございました!

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