第18話 軟骨コリコリの甘辛つくね
ジューーーッ、パチパチパチッ!
深夜の中央大厨房に、食欲の限界を軽々と突破させるような、暴力的なまでの調理音が響き渡っていた。
かまどの横に設置された分厚い鉄板の上で、小ぶりに丸められたホーンラビットのひき肉が、小気味良い音を立ててこんがりと焼かれている。
表面にはすでに美しいキツネ色の焼き目がつき、鉄板に触れた部分から、ホーンラビット特有のあっさりとした上質な脂がチリチリと染み出していた。
「ひょ~! マスター! 肉の焼ける匂いだけでも最高に腹が減るのに、そこにさっき煮詰めたあの特製醤油タレを塗るなんて、マジで反則っすよ!」
俺、南条悠の白いエプロンのポケットから顔を出した相棒、喋る短剣のペティが、柄の青い魔石を激しく明滅させて叫んだ。
俺の頼れる相棒であり、この厨房における唯一無二の調理アシスタントであるペティは、極上の肉の匂いを前にして、今日も絶好調で青い光を放っている。
「ふふ、まだまだこれからだぞ、ペティ。このタレの真骨頂は、熱い鉄板の上で少し焦げた時に放つ、あのむせ返るような香りだからな」
俺はかまどの前で額の汗を布巾で拭いながら、鉄板の上の肉団子を菜箸で器用に転がした。
「それに、ただのひき肉じゃつまらない。細かく砕いた軟骨の欠片と、みじん切りにした新鮮な青ネギをたっぷりと混ぜ込んであるんだ」
新鮮なコカトリスの卵を繋ぎに使ったおかげで、肉ダネは驚くほどふんわりと柔らかく仕上がっている。
それでいて、焼いている最中から確かな弾力のある手応えが、菜箸を通して俺の指先にビリビリと伝わってくるのだ。
「おっ! マスター、そろそろ最高の焼き加減っすよ! 俺の食材直感が、今すぐタレを塗れってガンガン急かしてくるっす!」
ペティの精確なナビゲートに従い、俺は手元に用意しておいた料理用の刷毛に、たっぷりと特製醤油タレを含ませた。
ホーンラビットの骨を香ばしく焼いて取った濃厚な出汁と、みりん代わりの極甘の果実酒、そして醤油とたっぷりの砂糖をじっくりと煮詰めた、琥珀色に輝く万能タレだ。
俺はキツネ色に焼き上がったつくねの表面に、そのタレをサッと、何度も重ねて塗りつけた。
ジュワァァァァァッ!!
まだ熱を持っている分厚い鉄板に醤油タレが落ちた瞬間、厨房の空気が一変した。
焦げた醤油の圧倒的な香ばしさと、砂糖の深い甘い匂いが爆発的に弾け飛び、人間の理性を根こそぎ吹き飛ばすほどの凄まじい香気が、空間を完全に支配する。
「うわぁぁぁっ……! おっちゃん、ヤバい! その匂い、ヤバいよーっ!」
カウンター席に座るミーナが、バンバンと両手でテーブルを叩いて歓声を上げている。
先ほどまで孤児街のトラウマを思い出して大粒の涙を流していたはずの彼女だが、今は琥珀色の大きな瞳を鉄板の上の肉団子に完全に釘付けにしていた。
彼女の小さな桜色の口からは、今にもヨダレがこぼれ落ちそうだった。
「こらこら、慌てると火傷するぞ。今、最高のご飯をよそってやるからな」
俺は自身のスキルである絶対鮮度アイテムボックスを展開し、一つの分厚い木製のおひつを取り出した。
あらかじめ、美味しい湧き水をたっぷりと吸わせてから、かまどの強い火で一気に炊き上げた自信作の白米だ。
おひつの分厚い木の蓋をゆっくりと開ける。
ふわり。
立ち上る純白の湯気と共に、炊きたてのご飯だけが持つ、お米の優しくてホクホクとした甘い香りが厨房に広がった。
一粒一粒が真珠のように艶やかに光り、しっかりと立っている完璧な炊き上がりだ。
俺は大きめのどんぶりを用意し、そのふっくらとした熱々の白いご飯を、遠慮することなく山盛りに盛りつけた。
そして、タレが焦げてねっとりと絡みついた熱々のつくねを、どんぶりの白いご飯の上に崩れないように丁寧に並べていく。
肉汁とタレが混ざり合った黄金色のしずくが、真っ白なご飯の隙間へとゆっくりと染み込んでいく。
仕上げに、風味付けの炒り白ゴマと、彩りの小口切りにした青ネギをパラリと散らした。
「お待たせしました。軟骨コリコリの特製甘辛つくね丼の完成だ」
俺がずっしりと重いどんぶりをカウンターに置いた瞬間、ミーナは「やったーーっ!」と叫び、迷うことなく木製の箸を握りしめた。
「いただきますっ!」
彼女は大きな口を開け、タレが照り輝くつくねと、味の深く染み込んだ白いご飯を一緒に、豪快に口の中へと放り込んだ。
サクッ、ジュワッ、コリリッ!
その瞬間、ミーナの動きがピタリと完全に停止した。
琥珀色の瞳がこれ以上ないほど限界まで見開かれ、赤いベリーショートの髪がピンと逆立つ。
(な、なんだこれ……!?)
彼女の口の中で、信じられないほどの旨味の連鎖反応が起きていた。
ホーンラビットのあっさりとした上品な肉汁に、濃厚で香ばしい醤油タレがねっとりと絡みつく。
噛むたびに、細かく砕いて混ぜ込んだ軟骨が、コリッ、コリッと心地よいリズムを刻み、ただ柔らかいだけではない、驚くほどの遊び心と食感の快感を与えていた。
「ぬ、ぬぅ……っ!?」
新鮮な卵を繋ぎに使ったおかげで、つくね自体は驚くほどふんわりと柔らかく、それでいて噛みごたえは抜群だ。
そして何より、焦がし醤油の深いコクと、砂糖の焦げた甘みが、真っ白でふっくらとした熱々のご飯と、絶望的なまでに相性が良い。
ご飯の持つ優しい甘さと包容力が、濃いめのタレの角を優しく包み込み、無限に食べ進められるような恐ろしい錯覚すら覚えさせるのだ。
「う、うめぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!!」
ミーナはどんぶりを持ったまま立ち上がり、厨房の中心でピョンピョンと歓喜のダンスを踊り始めた。
「ヤバい! お肉フワフワなのに、中からコリコリがいっぱい出てくるよ! タレが……タレがご飯に合いすぎて、無限に食べられちゃう!」
完全に語彙力を失った彼女は、踊りながらも箸を止めることなく、次々とつくねとご飯を胃の腑へと送り込んでいく。
白いご飯に深く染み込んだタレの美味しさに気づいてからは、さらに食べるスピードが加速していった。
「ひょ~! ハラペコ野生児の胃袋が、完全にマスターのつくね丼に掌握されたっすね! 見てるだけで気持ちいい食いっぷりっす!」
ペティが面白そうに光を点滅させる中、ミーナはあっという間に山盛りのどんぶりを空にした。
最後の一粒までお米が拭い去られると、彼女はほうっと長い長い息を吐き出し、箸をコトリとカウンターに置いた。
「……ごちそうさまでした。信じられないくらい、美味しかった……」
すっかり空になったどんぶりを見つめる彼女の顔には、もう孤児街のトラウマの面影はない。
ただ美味しいご飯に心を満たされ、体の底から安心しきった、愛らしい少女の表情がそこにあった。
「お気に召したようで何よりだ。疲れきった心と身体には、こういう飾り気のない甘辛い味が一番効くからな」
俺がカウンター越しにどんぶりを受け取りながら微笑むと、ミーナは満面の笑みでぽんと自分の膨れたお腹を叩いた。
「おかわり!……って言いたいところだけど、もう動けないくらいお腹パンパンだよー!」
「ははは、無理はしなくていい。いつでもまた食べにおいで。ここにはいつでも、君を待っている温かいご飯があるんだから」
「うんっ! おやすみ、おっちゃん!」
ミーナは大きく手を振ると、すっかり満たされた様子で足取りも軽く、夜のパトロールへと戻っていった。
長椅子で眠るリリスの寝息だけが残る、静かな厨房。
俺がようやく一息つき、鉄板の片付けを始めようとした、その時だった。
ドンッ! ドズンッ! メキメキッ……!
厨房の裏口、食材の搬入口の方から、何かとてつもなく巨大で重いものが地面に力任せに投げ出され、石畳の床板を粉砕せんばかりに軋ませる、不気味で鈍い音が響いた。
「……ん? 今日の食材の配達は、とっくに終わっているはずだが……」
俺が不思議に思って裏口の方へ視線を向けると、ポケットの中のペティの青い魔石が、突如として激しく、けたたましい警告のように明滅を始めた。
「ひ、ひょ~っ!? マスター、なんか裏口の方から、とんでもなく巨大で硬い食材の気配がするっすよ!」
ペティが柄をガタガタと震わせながら叫ぶ。
「それに、このむせ返るような強烈な磯の香りと、気味が悪いほどぬめりのある気配は……間違いないっす! 大海原の悪魔って呼ばれてる、超特大のキングクラーケンっすよ!」
どうやら、休む間もなく次の厄介な食材が、この深夜の厨房に持ち込まれたらしい。
俺は静かにため息をつきながら、エプロンの紐を強く結び直した。
【次回予告】
甘辛つくねと白米で胃袋を満たしたのも束の間、厨房に持ち込まれた超巨大な魔ダコ!?
硬すぎるキングクラーケンを美味しく変えるため、ペティとユウの包丁捌きが火を噴く!
次回第19話「蛸とニンニクの香ばしい夜」。お楽しみに!
最後までお読みいただきありがとうございました!
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