ep1. 崩壊
グレゴウス歴88年。
厄災が訪れた。
魔王軍の襲来である。
空は竜や魔物の群れでどす黒く埋め尽くされている。
空が黒くなるにつれ、大地は人間の鮮血で紅蓮に染め上げられていく。
「リリィ!嘘だろ、おい!」
大混乱という名の狂騒曲の中、抗う者たちがいた。
複数の冒険者パーティだ。
エリク・リンドベルク率いる、ラストレガリアもその一つ。
大層なパーティ名に恥じず、Aランクまで駆け上がった、折り紙付きの実力者パーティだ。
けれども。
そんな強者の矜持さえでさえ、この厄災の前では無力だった。
最初に負傷したのはリリィだった。
彼女の太ももは抉られ、ほとんど胴体から切り離されている。
そこに意識という名の光は、もう、灯っていない。
「セレナ!治癒を!頼む!リリィが、リリィが!」
喉を震わせ、情けなく悲鳴を上げる男。
それが、エリク・リンドベルクだ。
かつてのクールな佇まいはどこへやら。
動揺し、狼狽し、壊れゆく彼自身の姿こそが、この事態が詰んでいることの何よりの証明だった。
──キュインッ……
風を切る、軽い音。
直後。
ズドォォォォォォォン!!
治癒魔法を施すために杖を掲げていたセレナの体が、魔法の直撃を食らい消し飛んだ。
「な…セレナァァァァァァ!!」
壁に叩きつけられた彼女の成れの果ては、あまりに無惨だった。
四肢は砕け、内臓が破裂し、顔面の左半分は消失している。
即死だった。
「ぁぁ……ぁぁ……」
虚ろな瞳が、縋るように残る仲間を捉える。
大柄の男、クラーケンだ。
彼は背中で全てを語るように、迫り来る魔物の波を捌き続けている。
けれど、全方位からの攻撃を一人で受け止めるには人間の肉体はあまりに脆弱すぎた。
たとえそれが、Aランクの盾役だったとしても。
「若旦那、悪くない契約でしたよ。実績は……最後まで、積み上げられたようですな……」
遺言にしては短すぎる言葉を残し、彼は魔物の海へと身を投じた。
最後の足掻きと言わんばかりに、背後からの攻撃を防ぐこともせずに、ただ目の前の敵を道連れにするためだけに、彼はその命を燃やし尽くし――そして、地に伏した。
そんな彼に群がる、魔物の集団。
「クラーケン!そんな!お前まで!」
絶望の波濤が、エリクを飲み込もうと押し寄せる。
呆然自失とする彼の横で、ぎゅっとその手を握りしめる小柄な女性が一人。
シグリ・フリベルクだ。
「ァ……ァ……」
情けない、あまりに無様な顔で彼女を見つめるエリク。
対照的に。
彼女の表情は、どこまでも凛々しく、決意に満ちていた。
「エリク、あなたはここで終わるような人じゃない。私は、知ってる。あなたの強さを。だから、逃げて。逃げて、生き延びて」
離された手は、一片の温もりを残して、遠く消えていく。
絶望という名の沼から立ち上がれない男を置き去りにして。
その日。
彼のパーティメンバーは、全滅した。
「シグリ……シグリ……ァ……ァ……アアァァァァアッアァァァァ!!!!」
喉が裂け、声が枯れ、魂が摩耗するほどの咆哮。
その慟哭が天をも貫いたその瞬間。
彼は、記憶と引き換えに時を戻すことに成功した。




