尊法 十八
「この、天狗め!」
忌々しく叫んだ。そう、相手は天狗だった。狗の顔を持った人の姿で、その背には翼が生えて、自由自在に宙を舞った。無手ではあるが、その手足には鋭い爪が生え、口には狗として当然牙が生えていた。
地上の琴羽もやっと穆蘭の相手が天狗だとわかって、胸中の恐怖はさらに増した。
砦では、羅彩女が得物の軟鞭を手にし、穆蘭と天狗が渡り合うのを見守っていた。そのそばにはマリーとコヒョ、リオン。心配そうに空を見上げている。
「いったいぜんたいどうしちまったっていうんだい。今まで物の怪の類はなかったのが、突然!」
砦にて待機していると、土塁で休んでいたはずの大鵰がけたたましく鳴き出し。同時に穆蘭の雄叫びもし。何事かと思って部屋から出てみれば。
砦に残っていた負傷兵も、唖然とするしかなかった。
「我、第六天魔王に導かれし天狗なり! 第六天魔王の命を遂げん!」
突然現れた天狗はそう叫んで。咄嗟に大鵰に乗った穆蘭と空中戦を繰り広げたという次第。
大鵰の鳴き声を聞き、空を見上げれば、得体の知れぬ空中戦。砦に逃げ帰っていた義勇軍の兵たちは、いよいよたまらぬとその場にへたり込んで、いっさい動けぬ有様となってしまっていた。
地上では金砕棒が振るわれ、虎碧それをかわせば、その先端強く地を打つ。咄嗟に懐に入り、
「えいッ!」
その喉元目掛けて鋭い刺突を繰り出すも。鬼も体躯に似合わぬ素早さで咄嗟に後ろに飛び下がった。それを追う間もない、別の金砕棒が迫り、虎碧も咄嗟にかわして、飛び下がる。
「やああッ!」
龍玉間合いを詰めて青龍刀を下段から、ぶうんと風を切り、鬼の分厚い胸板目掛けて繰り出す。だが鬼もさるもの、咄嗟に身をそらし、青龍刀の切っ先をやりすごす。それをさらに追って、というとき、九つの尾のひとつが突然つかまれた。
「触るんじゃないよ!」
振り返りざまに青龍刀を横薙ぎに振るった。しかし空振り。尾はつかまれたまま。鬼は体躯に似合わぬ身体の柔らかさを見せ、後ろにほぼ直角に上半身を倒して青龍刀をやりすごしたのだ。
体勢を整え直すや、太い腕を振り上げれば。龍玉たまらず振り回され、投げ飛ばされる。青龍刀を離さぬのが精一杯で、
「ああッ!」
と思わず声を上げながら地面に背中から落ちた。
太い足が眼前に迫るが、貴志がこれを蹴り。動きを鈍らせ、その間に咄嗟に起き上がって青龍刀を構え直し。鬼に向かった。
一対一でもてこずるところ、向こうが一体数に勝る分、利は鬼にあるように見えた。
琴羽は石のように固まったままだ。
空では、大鵰の背の穆蘭と天狗との空中戦。
北岸の大火を眼下に見下ろしながらの空中戦だった。
穆蘭は背から跳躍し、天狗の顔面目掛けて青い珠の七星剣を振るった。しかしそれはかわされ、鋭い爪が迫る。それをひらりとかわし、落下すれば、大鵰の背に着地。
うまく連携すればこそ、穆蘭は心置きなく跳躍出来た。
だが自身に翼を有する天狗の身軽さを相手にするには、分が悪い。
琴羽は震えるのを抑え、槍を構えた姿勢のまま闘いを眺めるばかりであった。
こんなことでいいわけがない、というのはわかっているが、どうしていいのかもわからなかった。
(それにしても、この三人すごい……!)
人はおろか、障魔と闘い慣れていることは一目瞭然。今までどんな闘いを切り抜けてきたのであろうか。そんな三人に、こんな自分が加勢してよいのかと、つい考えていしまう。
ふと、武術の師匠のことを思い浮かべ、師匠との、出会いのころを思い出す。
(そういえば……)
師匠はこんなことを言っていた。お前は、勝ちたくて武術を習いたいのか。




