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尊法 十五

「いそげ、好機は今!」

 先に早馬が出て。次いで、義勇軍の軍勢が出た。貴志、龍玉と虎碧もいた。羅彩女はマリーとコヒョ、リオンの護衛のために残った。

 風は南から吹いている。

 河の南岸の河港に着けば、早馬で出た兵が、河港勤めの役人や水夫たちに訳を話し、小舟や船を用意してもらっていた。陽は暮れようとしていた。

 河港の者たちも、慶子義のやり方を快く思っていなかった。そのおかげで、ここの河港で無駄な争いをせずに済んだ。

「天は我らに味方しているぞ!」 

 琴羽は絶叫した。

「本当は戦なんかしたくないッ! でも、そんなこと言っていられない。降りかかる火の粉は払わないといけないんだ! みんな慶子義が悪いんだ!」

 対岸には、東景の軍勢が見える。

 荷車の藁束を小舟に移す。

「見ろ!」

「東景の陣から煙が出ているぞ!」

 と義勇軍の兵たちが言い。その通り、対岸の東景の軍勢の陣地から煙が立ち上っているが見えた。

 空を見上げれば、大きな鳥が砦方面へと飛んでいた。

 東景の陣地は大騒ぎだった。空に大鳥が現れたと思えば、油の入った大甕を落としたではないか。それも、飯炊きのただなかに!

 飯炊きには火を使う。大甕は砕け、油は散り撒かれて、飯炊きの火にも着いた。

 火は一気に燃え上がった。燃え上がった火は、さらなる火を巻き込んで、龍の舌がうごめくように広がってゆく。

「火を消せ!」

 と東景の兵たちはとりあえず地面の砂をかき集め、河のそばの者は水を汲んで、火を消そうとするが。間に合わず、火は燃え広がってゆく。

「大鳥が、油の入った大甕を落とした!?」

「どういうことなんだ!?」

 突然の怪異に、恐慌をきたす者もあった。

「また来たぞ!」

「おのれ、矢で射落とせ!」

 今度は矢を放ったものの。大鳥は矢が届かないところにおり、空しく落ちるばかりであった。そこに、また、燃え広がる火の中に、油の入った大甕は落とされて。砕けた大甕から油は撒き散らかされて、さらなる火災の広がりを招いた。

 突如現れた大鳥が油の入った大甕を落として、陣地に火災を招く。これは天魔の業なのかどうか。多くの兵が恐怖を禁じえず、恐慌もきたし、逃げ惑う者も多くなってきた。

 暗くなるにつれて空気は冷たくなり、南からの風が強まってゆく。

「なんだ、向こうから何か来るぞ?」

「光っている? 何が光っているのだ? 小舟か?」

「光る小舟がこちらに来ているのか?」

「あ、小舟は燃えているぞ!」

 飯炊きのところに油入りの大甕を落とされ、そこから火災が広がっているところに、河の南から火のついた小舟が迫ってきているのを船番の兵が目撃する。南からの風は強く、小舟を北岸へといざなう。

 その小舟は、藁束を積み、そこに松明の火をつけて、放ち。風に乗せて、北岸へと向かわせたものだった。

 河港には東景の軍勢の渡河のための船が停泊していた。火の着いた小舟が河港へ来て、船に火をつけてはおおごとである。

「小舟を近づけるな!」

「何か長い棒で方向を変えるんだ!」

 長い棒や長めの櫂を手に、小舟を待ち構えていれば。またも大鳥。今度は河港の船に油入りの大甕を落とした。大甕ふたつ、それぞれ船のおもてに落ちて砕けて、二艘の船の艏を油まみれにする。

 大甕の当たった船にいた兵は、急いで船から逃げるが。それから、どん、と船の艏に小舟が当たるとともに。油に火が着き、瞬く間に船は火に包まれてゆく。

「くそ、今日という時に風向きが変わるなんて!」

「敵は知っていたのか!」

「風向きを読める魔術師のような者がいるのか?」

「大甕を落とす大鳥、風向きを読む魔術師。やつらは何者だ!?」

「まさか天がつかわした天人てんじんかなにかなのか!?」

 などなどの噂も出来上がって、火と共に一気に広がってゆく。

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