尊法 十二
ともあれ、何事であろうか。そして、どのようにしてこの世界に来たのであろうか。
「私、あれから(第一部の第四章の八参照)幻夢の狭間をさまよって、少し前にこの帷国にやっと出られたんですの」
「幻夢の狭間……。そ、それは大変だったね……」
「でも帷国では、お兄さまたちはとても有名になられてて。聞かなくてもどこにいるかわかるくらい。そこで、鬼門の砦が攻められているのを知って」
「なんだって!」
「でも大丈夫、この大鵰で少し脅かしたら、敵兵はみんな逃げ出しちゃって。琴羽さん、でしたっけ。とても感謝されて」
「そ、そんなことに……」
「聞けば、景都に赴いたと聞いて、私もと駆け付けた次第でございます」
「そうだったのか。でも、よく見つけられたね」
「それは、もう。無人の馬を二頭連れていれば、いやでも目立つものですから」
幸い、今の時点で、周囲に人はいない。もしいたら、この大鵰で大騒ぎだ。いや、南景や他の七つの砦では、大鵰や穆蘭のことで大騒ぎになっているであろう。
「ともあれ、急がなければ。大鵰に僕も乗せてもらえるかい?」
「それは、もちろん!」
穆蘭は喜色を浮かべて貴志の手を引いて、ひらりと大鵰の背にふたり乗った。彼女は、かつて貴志にただならぬ気持ちを抱いていたのだが。彼の真意を知り、義理の妹になった気持ちで、貴志を兄と慕うにとどめていた。
そんな兄と慕う貴志に頼られるのは、嬉しかった。
ともあれ、大鵰はふたりを乗せて羽ばたき、鬼門の砦目指して飛び立った。馬はかわいそうだが置き去りだ。良い人に拾われることを祈るばかりである。
大鵰は風に乗る。
「景都に行くときは向かい風でしたけれど、今は追い風で、鵰ちゃんも飛びやすそうです」
「うん……」
貴志は頷く。
「そうそうお兄さま、お迎えにゆく途中に見たのですけれど、河の北岸に兵が集まっていました」
「兵、軍勢が?」
「はい。河の北岸に集まり、渡河の支度をしていました」
その通り、河が見え出すとともに、数千はあろうかという軍勢が河の北岸に集まり、渡河の支度をしていた。
「……!」
貴志は言葉もなかった。昨日北岸に渡ったときにはなかった。入れ違いとなったのであろう。
「君が来ないまま河の北岸に着いてたら……」
ただでは済まなかったろう。ご都合主義的でどんな成り行きであろうとも、幸運に感謝せざるを得なかった。
「東景ってところから派遣された軍勢のようです」
「東景から……」
「あの時、南景の兵を生け捕って話を聞いたんです。南景と東景の軍勢を以って鬼門の砦を攻め破ると」
「記堂栄殿は、功を焦って先走ったのかな」
「どうもそうみたいです」
「……」
貴志は考えた。記堂栄も地元に帰らず、景都に赴いた慶子義に代わって南景を治めていたのだが。出頭せよとの命令が来て、景都に赴くのと入れ違いに攻め込まれたということは。源龍と貴志を砦から引き離す意図があったということだ。
これには慶子義も関与している。彼の発案によるものとも考えられた。
南景や八つの砦に、南の山々が見下ろせる。山の上に覆いかぶさる雲は、前よりも厚みを増しているように思えた。
・・・
大鵰は下降をはじめる。視線の先には、鬼門の砦。
「穆蘭ちゃんのお帰りだよ!」
土塁の上に立っていた琴羽が、降下する大鵰を見て、砦内に伝える。
琴羽を挟んで、龍玉と虎碧。
この三名も、砦の兵たちも、服や鎧が汚れて。怪我をしている者もあったが、死人もあって、これは外に埋めてきた。悔しさと仇討ちの気持ちをを込めて。
「お兄さまっこのお帰りだ。お兄さまは見つかったのかねえ」
「龍お姉さん、そんな棘のある言い方しなくても」
龍玉の軽口に虎碧は苦笑しつつたしなめる。このふたりはいつもこんな調子だった。




