尊法 七
「大義とはすなわち人のため。全ては、人のためでございます。もうよいではありませんか、この人たちを解き放ちましょう」
貴志は眼光鋭く役人たちを見据えた。
「……ち。ゆけ」
役人は顎を少し動かし、ゆけと言い。親子連れは、ありがとうございますと礼を言いながら、足早にその場から離れて行った。
「あなたは賢い人だと思っていたのに。失望させられた」
役人は毒づきながら散らばっていった。
(なんということだ)
愛国を強いることがなくなって、民草は安堵出来ると思ったが。あにはからんや。次は尊法や、時節の弁えなどと言って、民草の頭を抑え付けようとする。
貴志は首を横に振り、砦に帰ろうと足を動かした。が、その時である。
「人殺しだ!」
という叫び声。
今度は何だと驚き、声の方を向けば、
「親子連れが、殺された!」
と、言うではないか。貴志は肝が口から飛び出すかの如くの衝撃を禁じえなかった。まさか、そんなと思いながら、騒ぎの渦中へと駆けてみれば。
「時節を弁えぬ不届き者を成敗したんだ!」
などという叫び声までする。
「……!」
目に飛び込む、むごい有様。あろうことか、あの親子連れが血にまみれて倒れて、絶命しているではないか。そこから少し離れたところで、男が多くの者に取り押さえられていた。その近くに、料理用の大きな包丁が落ちていた。血に濡れていた。これで凶行に及んだのであろう。
「オレは時節を弁えぬ不届き者を成敗したんだ! やましい心はない!」
「そうよ、うちの人は慶子義様をお慕いして、不届き者を成敗したのよ、だから捕まるいわれはないわ!」
男の妻であろう女が男をかばっていた。
役人も駆け付け、とりあえず男に縄をかけるが。それでもなお、その男と女は、
「時節を弁えぬ不届き者を成敗したんだ! 慶子義様のためなんだ」
とわめいてやまないままに、役人に引っ張られていった。見れば先ほど顔を突き合わせた役人である。わざと貴志を無視している。その面持ちは、気まずさがない。むしろ平静として、男と女の言い分に賛同しているようだった。
まさかと思うが、男の罪は軽くなるのではないか。
「ああ……」
貴志の目から涙が零れ落ちる。
やっと愛国の束縛から解放されたと思った矢先である。どんなに無念であったろう。そう思うと貴志は胸が張り裂けそうだった。
その親子の亡骸も、役人がどこかへと運んでいった。
「こんなこと、こんなことって……!」
貴志は零れ落ちる涙もぬぐわず、重い足をようやく動かしながら、砦に帰っていった。
・・・
砦に帰ると、琴羽に呼ばれて大将部屋に赴いた。
部屋には、源龍と香澄に羅彩女、龍玉に虎碧、そしてマリーとコヒョ、リオンと、主要な者たちが勢ぞろいして円卓に並んでいた。
「どうしたんだい? 様子がおかしいようだけど」
何か伝えることがあるはずだが、貴志の様子をまずいぶかしんだ。
貴志は南景での出来事を語った。力なく……。
一同絶句し、部屋に重い沈黙がしばしのしかかった。
「こりゃあ、慶子義殿と全面対決になるねえ……」
琴羽は腕を組んで、そうつぶやいた。
「全面対決?」
「源龍殿が役人を蹴飛ばしただろ。それを慶子義殿が知って、出頭せよと言ってよこしたんだ」
慶子義の正式な書状もある。差し出されて読んでみれば確かに、源龍の振る舞いは見逃しがたく、景都に出頭し謝罪せよ、さすればその咎を許すであろうと、書かれている。
「まさか貴志殿までひと悶着あったなんて思わなかったよ」
琴羽は苦笑を禁じえなかった。
「でも、ひどいもんだねえ、無垢の民をやったなんて」
忌々しく羅彩女と龍玉が同時につぶやいた。それから、
「本当にかわいそう……」
と虎碧も沈痛な面持ちで一言つぶやいた。




