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尊法 五

 その源龍が、

「ほい、これ」

 と、一冊の本を差し出した。題名は銀玉夜叉とあった。

「これは」

 と問えば、源龍は本を入手するまでのいきさつを語った。


・・・


 暇つぶしに南景に赴き、なにか美味そうなもんでもと、とある食堂に入った。

 注文した肉料理を食べ終え、水で喉を潤し、しばしくつろいでいると。大型犬を連れた役人がふたり、食堂に入ってきた。

 犬は外でつないで。

「親父、なにか適当なもん頼む」

 と注文し、談笑し、本棚にある本を眺めていれば。突然立ち上がって、ある本を手に取った。それが銀玉夜叉だった。

「おい親父、なんで禁書がある!」

 と親父を呼びつけ、厳しく説教を垂れた。

「すみません。禁書は全て捨てたはずですが、うっかり捨てそびれたのでございます」

「うっかり、だと」

「はい、うっかり捨てそびれたのでございます」

「それは本当か!?」

 役人はすごんだ。もうひとりが、外から大型犬を連れてきた。

 大型犬は牙を剥いて、唸りを上げている。

「お前、我らをなめているのか」

「なめているのなら、承知せんぞ!」

 大型犬も唸り声を大にする。

「そんな滅相もない」

「そう言いながら、なめているのではないか」

「銀玉夜叉はでたらめな内容、下劣な作風で、読む者の心を毒する懸念のある禁書だぞ。しかも、作者の猿剛は、けしからん落書きをしてとんずらこいた不逞の輩、まさになめた奴!」

「これを今なお持っているということは、我らをなめていると思われても仕方なかろう」

「詳しい話は役所で聞こう。来い!」

 役人が親父の首根っこを掴もうとしたその時である。背中に強い衝撃があり、思わず吹っ飛んでしまった。

 何事と驚く間もなく、今度はもうひとりが振り向きざまに、前から強く蹴飛ばされて。相方同様、他の卓にぶつかり、床に転がった。

 大型犬が雄叫びを上げて、襲い掛かるが。これも顔面を強く蹴られ。尻尾を巻いて逃げ、食堂の隅で縮こまってしまった。

「ワンワンうるせえんだよ、発情期かこのわんこうども」

 と睥睨する者。源龍であった。

「おのれ、なにやつ!」

「名を名乗れ!」

 役人は立ち上がって、気を取り直し腰の剣の柄に手をかける。

「あ、名前か? 源龍ってんだけどよ」

「源龍……!」

「あの、度宇を討ち取ったという」

「まあな」

「むむ……」

 役人は思わず怯んだ。あの合戦で度宇を討った源龍はその勇名を帷国中に轟かせていたのだった。

「ああ、『銀玉夜叉』か? オレが代わりにあずかっとくわ。あ、没収って言うんだっけか」

「むむ、それならば……」

 役人たちは不敵な面構えの源龍にすっかり恐れをなして、すたこらと食堂を出て、逃げ出してしまった。

 哀れにも犬を置き去りにして。

「おかしな成り行きになっちまったな。じゃあな」

 源龍は銭を親父に渡し、銀玉夜叉を手に南景から砦に戻っていった。

 余談ながら——。

 さて犬である。

「おやおや、かわいそうに」

 と、隅で縮こまる有様に憐れみを覚えて、親父は犬を引き取り、飼ってやることにした。

 犬も、源龍の蹴りがよほど堪えたと見えて、獰猛さは影をひそめ、親父の情に触れて、よくなつき。

 食堂の名物犬となって、客にもかわいがられて。残りの生涯を幸福に過ごしたという。


・・・


 ともあれ、そういう成り行きで。

「役人と……」

 そんな騒動があったなど。

 それはそれとして、源龍は何があったんだと問い、貴志はこれこれこうでと答えた。

「法を尊ぶだの、禁書だの、よくわかんねえけどよ。本ひとつで捕り物騒ぎたあ尋常じゃねえ、ってことくれえは、字の読み書きが出来ねえオレでもわかるぜ」

「悪書を排除し、良書を読ませれば、模範的な人民となり、法を尊ぶよき世づくりにつながる……」

「馬鹿は死ね、ってことか」

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