尊法 三
娯楽作家はともかく、王を諫めていた文士までが自分の考えに反対するなど、慶子義にとって予想外のことで、驚きを覚えたのちそれを突き抜け、とめどもない憤怒を禁じえなかった。
そんな、人民啓蒙の法を知って、貴志はいたく驚き、
「こんなことになるなんて……」
と、首を横に振って嘆いた。
いてもたってもいられず、貴志は景都に赴いた。香澄が付き添うと言ったが、
「いや、こういう時は僕ひとりがいい」
と、ひとりで行ってしまった。
源龍も付き添わせなかった。何か騒ぎでも起こされたら目も当てられない。
ちなみに、琴羽たち義勇軍は、まだ鬼門の砦にあり。香澄たち一行も砦にいた。
琴羽たちは戦い済んで、地元に帰ろうと思っていたが。慶子義や記堂栄から、
「まだいてほしい。国が落ち着くまでは」
と乞われで、それを容れたのだった。
香澄たちは、他に行く当てもないので、琴羽の厚意に甘えさせてもらっていた。
その中で貴志は、慶子義から、
「ぜひ都にてともに王を支えていただきたいのだが」
と、格別の言をもらったものの。勝手知らぬ異世界の政に深く関わるのは気は進まず。分不相応であると強く固辞し。皆とともに砦に残った。
しかし、おかしなことになった。
「悪王を倒して終わりではないということだったけど、こういうことだったのか」
貴志は眉をひそめ、これからを憂えた。
李貴志、景都に来たるの報せは慶子義をおおいに喜ばせ、下にも置かぬ扱いで私室に招いて。
「私とともに王を支えてくれる気になりましたか?」
と喜々として聞いた。しかし貴志は首を横に振った。
「いいえ、畏れ多いと思いつつも、こたびはあなたに諫言をと」
「私に、諫言?」
慶子義は不思議そうにする。そんな相手を見据え、貴志は勇を鼓して語った。
いわく、
「人民啓蒙の法を取り下げられよ」
――と。
これに慶子義が鼻白んだのは言うまでもない。そして同じころ、別室にて慶子義の妻である麗燦が女官を集め。
「愛国派はまだ完全に抑えられたわけではなく。未練の者たちは機を見計らっていることでしょう。我ら女たちも、殿方と同じく気を張り、我が夫の志を手助けせねばなりません」
といった、これからのことを語り合っていた。そんな中で、ひとりの若い女官が気になった。他の面々に比べて、朗らかで明るい面持ちだった。幸せそうだった。
「そなた、なにがあった?」
気になって、その女官に問うて。女官応えて曰く、
「はい、少し前に、腹にややを授かりましてございます。これから、ややと我が夫との日々を考えると、幸せを感じるのでございます」
帷国は既婚女性も女官として働くことが出来る。その女官は顔明るく、麗燦が祝いの言葉をくれるものと期待しているようだった。
「幸せ……」
しかし麗燦は呆気にとられた様子となり、その女官を睨み据えたかと思うと。
「愚か者!」
と、顔を真っ赤にして突然の叱咤。その女官はもちろん、他の面々も顔面蒼白の態で驚きを禁じ得なかった。なぜ麗燦は突然怒りを見せたのか。




