愛国 二十九
「斬れ。ひとたび戦場におもむいて、敗けた上は、この命はないものと覚悟している。なんで敗残の兵、度し難くも王に顔向けできようか」
「言わんとすること、わかります。しかし、我ら若輩の徒のみでは心許なく」
「ぺっ!」
なんと、甲芭之は慶子義の顔に、強い勢いで唾を吐き飛ばした。しかし慶子義はこらえて、どうかと懇願する。
「ならばよい機会じゃ。ひよっこども、我が首獲ることを、乗り越えるべき試練とし。王に我が首を見せよ! それすら出来ず、なんで一国万民を背負えようや」
「一国万民……」
「そうじゃ。一国万民の重きを知れ! 我、王のみならず、一国万民の重きを背負うからこそ、この白髪首を差し出すのじゃ。なればこそ、度宇も志を同じくして、憤死したのじゃ!」
「甲芭之殿……」
「泣くな!」
甲芭之は威厳ある声で、涙をにじませる慶子義と記堂栄を叱った。
「大丈夫たるもの、戦場にて泣くべからず。さあ、試練を乗り越え、一国万民を背負え!」
「……かしこまりました」
慶子義は首を垂れる甲芭之にうやうやしく一礼すると、腰の剣を抜く。
「その御首、頂戴いたしまする」
剣を振り下ろせば。その首、赤き血潮に転がる。
それをうやうやしく持ち上げ。側近の持ってきた白い布で、赤子にするように、丁寧に包む。
白い布に赤い血潮が滲む。一国万民を思いやる血涙に思えた。
琴羽や源龍、貴志に羅彩女らは静かに事の成り行きを見守るしかなかった。
かくして、戦は終わった。
「あっ」
琴羽は思わず声を上げた。
「風は変わらなかったね……」
・・・
それからは、あっけないものだった。
慶子義は軍勢をまとめ、渡河し、都に迫り。自ら使者の役を買って出て、塩漬けにした甲芭之の首桶を抱いて、王・陽山君と謁見した。
十万の軍勢敗れるの報せを受けてから、陽山君はひどく怯え。疑心暗鬼を生ずの度合いもさらに増し。小姓や妻子、寵姫すら近づけず、私室に籠り、政をおろそかにするばかりであった。
だから、慶子義の軍勢は何の邪魔もなく、易々と都にゆけたのだった。
王との謁見は、謁見の間でなく、その私室であった。
もう都においても、陽山君を守ろうと奮う者はいない。慶子義は首を入れた首桶を抱いて、案内されたのだ。
王は力なく椅子に座り、首桶を抱く慶子義を見上げた。
「慶子義、予に何を望む」
「それより、これをご覧ください」
首桶を置いて、蓋を開ければ。その中には、目を閉じ永久の眠りにつく甲芭之の首。
慶子義は跪きながら王を見上げる。
「国士が首桶にあること、王はいかが思召す」
陽山君、絶句。沈思。
大きな衝撃を禁じえないでいながら、ようやくにして口を開いた。
「予は知らんぞ。甲芭之が勝手にしたことじゃ」
その言葉に、慶子義こそ怒りを禁じえなかった。
王に忠なればこそ、首になったというのに!




