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尊法 三十

貴志フィチ殿、ありがとうございます! あなたは正しかった!」

 愛国派の兵が追い払われると、貴志を知る者たちが三人を取り囲んで、床に頭を打ちそうなほど平伏して、強く感謝の意を伝えることとめどもなかった。

 貴志はそれをやめさせて、問う。

「して、慶子義けいしぎ殿のご遺骸は?」

「そ、それが、突然大鳥が現れたかと思うと、人外となった慶子義様を掴んでどこかへと飛び去ってしましました。源龍げんりゅう殿と香澄こうちょう殿も、その大鳥に……」

 との官吏の話に、貴志は頷くしかなかった。おそらくあの大火に投じるのであろう。

 知を嗜み、文化教養を愛しながら、あのような無残なことになってしまって。何とも言えぬ複雑なものを禁じえなかった。

 とはいえ、すぐに気持ちを切り替え、貴志は王との面会を乞うた。夜の遅い時間に幼王を起こすのは申し訳ない気もするが、危急の時である。

 官吏も同意し、貴志たちを王の部屋へと案内する。

 王の部屋は多くの衛兵が守りを固めており、松明や篝火も焚かれ、昼のように明るかった。王の側近が深夜の訪問者を取り次げば、陰陽君おんようくんは遅い時間にも関わらず会うという。もっとも、この騒ぎである。呑気に寝ていられるわけもなく、側近とともに起きて。衛兵の背を見守るしかなかった。

 意外な者もあった。慶子義の妻、麗燦れいさんもそこにいたのである。

 危急の時に駆け付けたのもあるが、それぞれの衛兵を合わせて守りを固めようという意思でもった。その麗燦の顔つきといえば、

「まさか我が夫が……」

 と、顔面蒼白であった。陰陽君はその蒼白な顔を無言で眺めていた。こちらは、意外にも、緊張の面持ちではあるが、蒼白にまではなっておらず。いくらか持ち堪えられている様子である。

「話は聞いている。李貴志殿が正しかった」

 陰陽君は貴志に会うなりそう言った。

 貴志と虎碧こへき龍玉りゅうぎょくたちが来て。あの人外となった慶子義も斃され、愛国派の蜂起兵も退けられたと聞くに及び、麗燦も徐々に落ち着きを取り戻した。しかし緊張が解けだしたせいか、涙が思わずこぼれた。

(法を尊ぶなどと言いつつ、差別心が私にもあった。思えば琴羽殿のことも、蛮族の血を引く者と見下し差別していた。恥ずかしい話……)

 何かを考えつつ落涙する麗燦に、無理もないと貴志と虎碧、龍玉はその心情を汲むのであった。

「お恥ずかしいところをお見せしました」

 と言ってから、ひと息ついて、 

「もう、涙を、惨めなだけの涙を流すまい。そんな涙を乗り越えて、嬉し涙を流せるように。愛国も尊法も、行き過ぎず、真に人のための国づくりを、私たちで」

 そう、小声ながら、意を決した様子で言ったのだった。陰陽君はそれを聞いて頷き。

 貴志も黙って頷くのみ。自分が余計な口を差し挟む必要はないと見たのだ。

(終わったんだ)

 この世界に導かれて、争乱に投げ込まれて、これを乗り越えて。使命を果たしたのだと、貴志はしみじみと思った。

「そのお言葉が聞けてなによりでございます。それがしから言うことは何もありません」

「貴志殿、この国にとどまり、我らの復興を助けてほしいのじゃが」

 陰陽君が貴志に助けを乞う。ありがたいことではあるが、丁重に断った。

「それがしらは根無し草を旨として生きる者。王のご期待におこたえできません。それよりも、さきほどの決意を忘れなければ、それがしなどおらずとも、お国の復興はなりましょう」

「そうか、残念だが」

「申し訳ありませぬ。では、これにて」

 貴志らはうやうやしく一礼すると、素早い動作で回れ右して、王の部屋を後にし。さらに王宮を出た。

「おう、貴志殿、こちらも済ませたぞ!」

「もう変な気など起こさぬよう、徹底的にこらしめてやったわい!」

 琴羽きんぱ信岳敦しんがくとんが得意そうに言う。その奮戦により、愛国派の蜂起兵はこらしめられ、鎮められていた。

 終わった。

 全ては終わったと、貴志はしみじみと思った。

 気が付けば、夜が明け始めて。陽も昇ろうとしていた。暁にひとつ星も見えた。貴志は故国の暁星ヒョスンを思った。

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