尊法 二十五
まるでさながら人の龍のようであった。
「なんだこいつ、人間じゃねえのか!」
さすがに源龍も驚きを禁じ得なかった。ここに来てから、魔物の類を見かけなかったが。まさか、慶子義が人外の魔物になろうとは!
香澄の顔つきもより引き締まる。
「うおおおぉぉぉーーー!」
慶子義から、その姿は全くの人外の魔物となり。咆哮を轟かせる。
背中の羽を羽ばたかせれば、宙に浮く。衛兵らは突然のことに恐慌をきたして、慌てて逃げ出そうとするが、怯むあまりに足も満足に動かず、もつれて、転ぶ者続出した。
そこに、人外の魔物となった慶子義が襲い掛かり。瞬く間に、その牙や爪で血の雨を降らし、血の池をなし。屍は血の池に転がる、阿鼻叫喚の地獄絵図がつくられた。
止める間もなかった。さすがの源龍と香澄も、一瞬石にならざるを得なかった。
殺戮をひと通りおえると、香澄と源龍向かって飛んでくる。それを咄嗟にかわせば、慶子義の魔物はそのまま飛び去り、窓を破って部屋を出てしまった。
香澄と源龍は急いで追い、破れ窓から飛び出れば。慶子義であった魔物は空の満月を背にし、香澄と源龍を見下ろしていた。
月明かりに照らされるその身体は返り血を浴び、血の模様がまだらの沁みとなっていた。
香澄は叫ぶ。
「あなたは何者です!」
「我、慶子義、もとい、第六天魔王なり!」
「第六天魔王ですって!?」
赤い目の黒龍の顔に、大きな蝙蝠の羽を生やし。満月を背に宙に浮く。確かに、魔王を自称してもおかしくはない。
「第六天魔王って何だ?」
源龍はその名を聞いてもわからない。やばい奴だというのはわかるが。
「人の心に入り込み、人の心を喰らい、操る」
「なるほど、やべえ奴だな」
「ただ、第六天魔王には実態がない。あれは、慶子義の喰らわれた心の具現化の姿」
「法だなんだってのが、あんなのになるのかよ」
王宮は上を下への大騒ぎである。突然魔物が現れ、衛兵を虐殺し、窓を突き破って王宮の中庭にて宙に浮き、地上を見下ろしているのだ。これで慌てぬ者はあろうか。
「殺してやる、皆殺しだ! 我が意を解さぬ愚民どもめ! 第六天魔王の恐ろしさ、思い知らせてくれる!」
慶子義だった第六天魔王は叫んだ。もう自己の意識も完全に第六天魔王となってしまっている。
鋭いその目で香澄と源龍を睨みつける。が、香澄は逸る源龍を制し、声を上げた。
「第六天魔王、まずは話をさせて!」
「何だ! 今になって命が惜しいか」
「そうじゃないわ、問いよ。あなたは、人海の国から、私たちをつけてきたわね」
「冥途の土産に教えてやろう。応である。よくぞ察した。世と世はつながるものなり。つながりより、我、来たれり」
「あなたがつなげたの?」
「否。つなげるは人の心なり。人の心のつなげたる世を我は渡る。我あるところ人あるところ。人あるところ我あるところ。……それよりも、少女、うぬ、人ではないな」
「そうね、人であり、人でなし、私も私がわからないわ」
「不思議なり、少女」
「慶子義の善の心はさぞ美味しかったことでしょう」
「応。悪心よりも、善心こそが我にとり最上の馳走」
「人の心に忍び込み。心を喰らい、人外の物の怪にする……」
「それで、どうするというか」
香澄は七星剣を突き付けた。
「この七星剣で、第六天魔王を、斬る!」
それを聞いて源龍も不敵に笑い、
「そうこなくっちゃな!」
と打龍鞭を構える。話の内容はよくわからないが。香澄がやる気なら、源龍もやる気になる。というか、香澄にやる気があろうとなかろうと関係なくやる気になるのが源龍だ。
「問答は終わりだ。貴様らを血祭りにあげてくれる!」
「うるせえ!」
源龍は吼え返す。




