エヴェレット解釈
翌日、午後五時半、この学園は山手にあることから日の入りが早い、二学期からの部活は早めに終了することになっている。といっても、終わって家に帰れば夜の八時過ぎ、食事をしてお風呂に入って後は寝るだけの毎日になることが多い。
でも、そこまで気合を入れてる陸上でもなし、ゲームをしたり最低限の勉強したりする時間も確保しつつ、無難な三年間を過ごしている、私。
九月とはいえ秋の気配が濃厚な箱根の山、つるべ落としの夕暮れが迫り、遠く見渡す山の端がみかん色に染まっている。
人気のない旧校舎の階段を上がる。取り壊す予定で掃除も行き届いていないからだろう、上履きに伝わるザラっとした砂の感覚が気持ち悪い。
四階廊下の行き当たりにあるトイレ、窓から差し込む血の色をした夕焼けが廊下を朱に染めている。なんだか、図ったような劇場効果なわけだけど、まー、誰か、すなわち、人が仕掛けた悪戯でしょ?
女子トイレの前に立つ。バカバカしいバカバカしいと思えば思うほど、なぜだか気になってくる。なに? この胸騒ぎ? ドアを押した瞬間、私の脈拍タコメーターはレッドゾーンを振り切った。
ふぅ……。
大きく深呼吸をして中を見渡す。湿っぽく、カビ臭く、積年蓄積されたアンモニア臭が不快だ。薄暗くなったトイレをスマホのライトで照らしてみた。
個室のドアは全て閉まっている。
まず三番、自販機が四なのだろうから、一番手前のドアを開ける。
ギーイイ
錆びた蝶番の音が狭い室内にリヴァーブする。おそるおそる中を見るが、誰もいない。いや、当然だろ? なにビビってるの私。
ガタン
慌てて力任せに閉めたので、ずいぶんと大きな音がした。
次に一番、奥の個室。外は薄暗くなってきた。トイレの隅には黒が淀み、何かがうずくまっていたとしても見えはしないだろう。スマホの灯りを向ける、誰もいない。
「いるはずないじゃない!」
口に出して言ってみて後悔した。自身の声が狭いトイレに響き渡る。コンプレッサーって言うんだっけ、音圧上げ潰れた音が鼓膜を揺らし木霊する。私、こんな声だっけ?
意を決して奥へ。怖がる必要なんてないじゃん、なんで?
キュッ、キュッ
上履きがリノリウムの床を擦る音、普段なら全く気にならないのに、なぜか癇に障る不快感が止まらない。
個室に座る不気味な影が見えたらどうしよう? 目を閉じて一つ目のドアを開け閉めする。
ギーイイ、ガタン
急いで戻り、二番目、真ん中のドア。
ギーイイ、ガタン
ナプキン自販機の前に立った私は、ふぅ、とため息をついた。
自身の信条を繰り返してみる。
そもそも、私は超常現象なんて信じてはいない。ホラー映画を見て「キャー、キャー」騒ぐ同性を冷ややかな目で見ている。あれは悲鳴ではない嬌声だ。
「あたし、か弱い女の子ですよ〜」
マジ聞くに耐えない。衆人環視の前で喘いでるのと同じだよ?
などと言いつつも、人の知恵なんて浅はかなもの、この世に現代科学では説明できない何か? があっても不思議ではないだろう。
だから、私の「信じない」は「お化けなんて絶対いない」って意味じゃあない。
「人類は宇宙人と邂逅できない」というパラドックスに似てるかな。超常現象があったとしても、それに私が行き当たる確率は限りなくゼロに近いはず。
たとえあったとしても、巡り会わなければその事象を観測しなければ、ないのと同じ。普段のロジカルシンキングに戻った私は沈着冷静にノブを回した。
ガタン!!!!
あれ? お金も入れてないのに、なぜ、ノブが回る? しかも室内に響き渡るような大きな音、音、音ぉーーー!!!
キュイイイイイイイイ!!!!
四キロヘルツは行ったな? 発泡スチロールを擦り合わせたよう、耳障りな音に背筋が凍る。音は頭を駆け巡り脳髄をマドラーで掻き回される。必死に耳を押さえる私だけれど、直接、頭に響く音に抗う術などない。
ヤバイ! これ、確率一億分の一を引いたかもしれん。目の前がブラックアウトした。




